shin-1さんの日記

○伊予路に春を呼ぶ椿さん

 暖冬暖冬と何かにつけて呼ばれ、地球温暖化や環境問題の必要性が強調された今年の冬でしたが、その冬もいよいよ暖冬のままで終わりそうな気配で、早くもテレビや新聞では杉花粉情報が取りざたされるようになりました。日本の国を西と東に分ければ西日本、裏と表に分ければ表に位置するわが町に住む人間にとってはやはり寒い冬は苦手で、特に年齢を重ねると冬の寒さは手足もかじかんで行動範囲も制約されてしまうのです。

 普通の年だと2月の始め頃にある「伊予路に春を呼ぶ」といわれる松山の椿神社の祭礼が、今年は旧暦のせいなのか極めて遅く、一昨日から今日まで3日間行われています。表参道、裏山道を合わせると1キロ以上の道沿いに露天がずらり軒を並べる椿さんは、子どもの頃から私たちの憧れの的でした。昔は何処を切ってもおたふくの顔が出てくるおたやん飴のお店が多かったのですが、糖分を気にする最近はその店も段々少なくなって肩身が狭そうにあるのです。中には日ごろ見たこともないようなお店や、特に山門近くには「蛇女」などの芝居小屋が出て、怪しげな語り口で客の心を誘うのです。私たち子どもはポケットの小銭を握り締め店定め、品定めをしながら、人ごみの中を何度も何度もお気に入りの場所を行ったり来たりしたものです。親に連れられ汽車とバスを乗り継いで出かけた遠い遠い日の思い出は今も忘れることはない少年の頃の思い出なのです。

 昨日は曇がちながら風もない穏やかな天候だったので、妻と孫と3人で娘の入院の見舞いを兼ねて午前中椿さんにお参りに出かけました。「椿さんは混んでる」というイメージがあったので少し遠めの駐車場に車を止めて、往復約2キロの道を孫の両手を妻と私が持って散歩がてら歩きました。参道にはお馴染みの露天商が並び、孫にとっては欲しいものばっかりで中々前には進みませんでした。歩行者天国となっているため安全なのですが、既に山門から本殿近くは身動きできないほどのノロノロ歩きで、孫のような小さな子どもは手を離すと埋没して見えないほどの混みあいです。それでも孫はしっかりとお賽銭を握り締め本殿の鈴を鳴らしながら車の中で練習した「お母さんが早く元気になりますように」「お母さんが早く退院できますように」と一新にお祈りしていました。勿論私たち夫婦も同じようなお祈りに加え、昨日が看護士の国家試験受験である次男の合格もお祈りをしました。

 お参りが終わって山門横のお札所で娘と息子嫁の安産、おじいちゃんの健康、わが家の家内安全などのお札を買い、山門近くでは縁起物のクマデを買ってさあいよいよ孫の買い物です。

 ところが何故か孫は「一つだけ」という買い物のお約束の中から「金魚すくい」を選んだのです。この寒空に夏の風物である金魚すくいはないぞと思いましたが、せがみに負けて孫が覚えていたその場所を手を引っ張られて探し当て、1回400円の金魚すくいにチャレンジしました。でも孫はどうしてよいか分らず、結局は私に金魚すくいを依頼してしまったのです。私は童心に帰りチャレンジしましたが、何と何と10匹もすくってしまいました。孫は大喜びで、「幾らすくっても赤い金魚3匹か出目金1匹という小さな文字を見落としていたためガッカリしてしまいました。でも孫はビニール袋に入れてもらった金魚を不思議そうに触りながら、大事に大事に家へ持って帰りました。


 途中デパートに立ち寄りましたが、余程気に入ったのか孫はその金魚の袋を放そうとしないのです。妻が買い物、私は孫のもりでしたが、ちょっと目を離したすきに孫の姿が見えなくなってしまいました。数分すると場内放送で「岡本朋樹君のおばあちゃん、お孫さんが探しておりますので最寄のカウンターへお越しください」とアナウンスされたのです。驚きました。孫が迷子ではなく私たちが迷子にされてしまったのです。カウンターに行くと孫は泣くどころかニコニコ顔で、カウンターのお姉さんが「この子はしっかりしていますね」「それに比べ・・・」とは言いませんでしたが言いたげな雰囲気で孫を褒めてくれる始末です。思わぬ大恥をかいてしまいました。とんだ所で大恥をかいてしまいました。


 孫は帰ってからも風呂敷でマントを作り、紙チラシで剣を作って盛んに動き回ります。「男どうし」が口癖になって風呂にいるのも寝るのもすっかりおじいちゃんです。あーあー、今日も一日孫の守りで疲れました。

  「4歳の 孫がばあちゃん 迷子です 放送聞いて 顔が真赤に」

  「春を呼ぶ 椿の祭り お参りに 孫と三人 仲良く手つなぎ」

  「おたやんの 飴の不思議を なめながら 今も昔も 変わらぬ縁日」

  「お守りや お札を受けて 一安心 霊験新た 神に頼みぬ」

 

  

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