shin-1さんの日記

○三つの壁

 昨日の研修会で講演終了後懇親会がありました。5時半からの懇親会は小腹が空いていて出された鰹のタタキやダシ巻き卵焼きなどを食べながらウーロン茶でひと時を過ごしました。私は講演講師ということで上席に置かれましたが、周りが会長さんや偉い来賓の方が殆どで、講演の内容について私見を交えて反芻が始まるのです。胆嚢を取った病後の最近では食も細くこの時間はかなり長く感じられるのです。それでも主催者の顔も立てねばと約40分間、入れ替わり立ち代りやって来る方々と名刺交換しながらお話に花が咲きました。こんな酒宴でハッとする人に時々出会うことがあります。昨日もある町の町長を3期務めたという方と出会いましたし、隣の席の方とまちづくりの長い経験を三つの壁について話しました。行政に携わって感じることは物理的な壁(モノの壁)、制度的な壁(しくみの壁)、意識の壁(心の壁)という三つの壁があったように思います。

 まず物理的な第一壁ですが、普通の人がまちづくりに取り組む場合、自分の周りを見渡し地域資源は「何もない」と考えます。またわが町のように第一次産業中心の町はみかんと魚などありきたりで地域資源にはならないと考えるのです。私は逆に何処にでもある夕日に着目し、夕日と特産品を結びつける事によって経済を考えました。確かに夕日だけなら何処にでもあるのですが、双海町という瀬戸内海に面した天気率の良い地域の夕日が見えることを資源にしたのです。夕日という物理的テーマが見つかるとそれ以外の資源が自分の周りにはゴロゴロするほどいくらでもある事に気がつき始めるのです。しかも夕日の持つマイナスイメージのせいか誰も手をつけていないバブル全盛時代の追い風が物理的な壁を取り払ってくれたのです。

 しかし第二の壁である制度的な壁はすぐに私の前に立ちはだかりました。役場の課長補佐という立場でしたから組織的しくみの中では上司の説得や議会の説得、資金を出す国・県への働きかけ、さらには税金を使うのですから町民の理解と、気の遠くなるようなしくみの壁を越えてゆかなければなりませんでした。でも制度はルールですから、ルールを破る知恵と熱意と人間関係があればそこそこ乗り越えれるものなのです。道の駅に登録され今や年間55万人の集客を誇るシーサイド公園の整備は制度的な壁を乗り越えた典型的な施設です。でも施設を作るだけならしくみは簡単に乗り越えられますが、その施設を経営運営する新たなしくみが必要となります。ここからはしくみの未知の分野で、住民の参加参画、説明責任や黒字経営を持続するというしくみづくりには随分苦労をしました。

 さて一番厄介なのが最後の第三の壁である意識の壁なのです。人間は固定観念とか先入観というのがあって、いったんそう思い込んだら絶対にその考えを捨てない心理が働きます。その思い込みが正しい場合はいいのですが誤解があるとその誤解を解くには大変なエネルギーが要るのです。人間と人間の心の摩擦ほど疲れるものはありません。でも失敗や反対はこの世の中にはつきもの、反対は半分あるもの、人間に失敗はつきものと開き直ってやる気と誠実で相手の心を解きほぐしたのです。そのための手法として公園の清掃作業を思いつきました。言葉での説得は一見上手く行くように見えますが必ず相手を疑います。しかし汗を書く姿は意外と言葉よりも効果がありました。

 三つの壁を乗り越える話をしたらその方は、酒を止めて私の話を熱心にメモしていました。有難い本当の意味での懇親会となりました。早速帰ると深夜なのに感想メールが届いていました。私は1パーセント理論の提唱者です。100人の人を相手に講演をして100人が100人納得するはずはありません。せめて1パーセントの1人にだけでも理解してもらおうと思い話します。一人も変えれない話は無意味だと思うのです。昨日も1人だけ理解してもらえました。

  「熱っぽく 語った後の 懇親会 更に語って 皿で飯食う」

  「一二三 壁を乗り越え 成就する やる気と熱意 あれば出来るさ」

  「会長の 名前上野と いいました ああ上野駅 吹いて喜び」

  「適当な 時間に帰る 引き際は 俺の値打ちを 更に引き立て」

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