shin-1さんの日記

 今日は、いやもう時計の針が12時を回ったので昨日になりますが、昨日は「人間牧場」のペンキ塗りをしました。ペンキ塗りといっても「水平線の家」の外の板張りに防腐剤を塗る作業です。昨日は残暑が厳しくて30度くらいで、汗を思い切りかきつつの作業で多少疲れましたが心地よい汗でした。

 思うところがあって末っ子(三男)は前の会社を退職し只今プー太郎なんですが、就職勉強の甲斐あって念願のやりたい仕事に就く事ができそうで、10月1日から来年春までの間その訓練のための学校に入校するようになりました。その息子と二人でペンキ塗りをしました。作業をしながら足場の上で色々と人生について話しました。今日は長男と次男も残りの天板外壁を塗れば終わりなので、手伝うそうです。息子たちもいつの間にか大きくなってそれぞれの道を歩んでいますが、「人間牧場」づくりにかかわった思い出はきっと残ることでしょう。

 「人間牧場」へは早くも多くの人が訪ねてきます。ペンキ塗りの間にも、彼岸の墓参りにやってきた人が2組、次男が活動している劇団の方がひとり、大学を辞めたいという息子の説得相談親子が一組、知人が奥さんを連れて一組と、ペンキ塗り作業が大幅に遅れる結果となりました。三男はその間休むこともせず一生懸命働いてくれました。

 ペンキ塗りが終わった外観は見違えるような風格になりました。防腐剤ひとつにも設計士の長男の細かいアドバイスが携帯電話から入ってきます。防腐剤はまずよく撹拌するように、刷毛は綺麗なのを使うように、塗り斑のないよう特に節部分は気をつけてとうるさい穂dの指示です。

 今回の防腐剤は前回塗った下塗り防腐剤と違って木質に近い着色があり、塗布後のイメージは随分変わってきました。明日、いや今日は仕上げでいよいよ外足場が取り外せます。

 それにしても、妻が持たせてくれた麦茶水筒から飲むお茶は最高でした。少々藪蚊に刺されましたけど。

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shin-1さんの日記

○スモークに挑戦したい

 「人間牧場」では色々な食べ物を作って食べる夢があります。私たちが子どもの頃は食糧難の時代だったので、毎日お腹がすいていました。芋や麦飯が常食だったため、晴れの日に食べるお米のご飯や肉などはおご馳走でした。だからお米のご飯や年に2~3回しか食べない肉は飛び切り美味くて、至福を感じたものでした。今は家族に妻が「今日は何が食べたい」と聞くと、「焼肉でもするか」なんて言葉が返ってくるくるほどです。高価だった肉が「焼肉でも」に変わってしまっています。そのせいでしょうか、私の妻も含めて随分肥え気味の日本人が増えてきました。原因はほかにもあると思いますが栄養過多は成人病を引き起こし、病院のロビーはこの人たちに占領されています。

 日本食が見直されたり、質素な食べ物が非日常になる何とも豊かな国に日本はなりました。先日地元の消防団の面々が東京へポンプ操法大会に出かけ、食事のために立ち寄ったお店で「せっかく東京に来たのだからめったに食えないものを食おう」とお店の人に注文したところ出てきたのは、何とヒジキ、タケノコ、ウド、豆腐などなどだったそうです。「こんなものはいつも食っとる」と怒ったそうですが、東京ではこれが非日常の贅沢な料理なのです。皮肉なことに私たちは東京へ行って始めていつも食べているものの価値を知るのです。

 「人間牧場」では、食文化についても考えてみたいと思います。野草も食べたいし、無農薬の有機栽培野菜も作って見たいです。

 双海町は海に面した魚所なので美味しい魚を食べたいし、魚のスモークにも挑戦したいと思っています。早速本を買い勉強したいと思います。私は肉より魚が好きです。だから魚のスモークをいっぱい作ってみんなで食べたいものです。先日広島であった逆手塾にゲスト出演しましたが、旧友の田中一裕さんはスモークづくりに挑戦していて、指導してもらうことを約束しました。田中さんが言うのには「理論より失敗を繰り返すことが大事」だと言いました。実践化の言葉には味があり納得です。考えただけでワクワクします。

 「腹が減らないのは腹を減さないから」「何が食べたいか分からないのは何を食べたか覚えていないから」「与えられた食べ物を食べるから余らせるので、自分が作ったものを食べると余らせない」「食べ物を食べることは命を作ること」、いい言葉がどんどん生まれます。

 あっそうだ。スモークには桜のチップが必要。今から確保しなくっちゃあ。「桜の木何処にあるの?」、それは「ひーみーつ」です。 

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shin-1さんの日記

 よくよくお寺さんに縁があるのか、昨日の宇和島泰平寺に続いて今日は八幡浜の萬松寺へ出かけました。「お寺は死んだ時行くもの」とばかり思っていましたが、どうもそうではなく「お寺は生きている内に行くもの」のようです。

 「何でお寺へ行ったの?」と聞かれそうですが、はい、知人のお寺の奥さんの声掛かりで、講演を頼まれて行ったのです。妻曰く「あんたも面白い人じゃねえ。説教はお坊さんの専門の仕事じゃのに、よくも自分の浅学も省みず・・・。呆れてものが言えん。あんたはひょっとして、呼ばれたら刑務所以外何処へでも行くのでは・・・」と呆れていたようです。

 今日はみんなの前で「人間牧場」の話はしませんでしたが、香川県から来ていた偉いお坊さんが控えの間で「人間牧場」について興味を示してくれましたし、「人間牧場」禅の修業に通じると意気投合、励ましの言葉を述べてくれました。臨済宗妙心寺派のお坊さんに出会って、お坊さんの修行は今も昔も変わらないことを聞いて色々なヒントや発見があり、今日はすっかり充実した一日となりました。

 そういえば私も一時期に興味があって色々本を読んでいましたが、今日を機会にあらためてについて勉強しようと思っています。ひょっとしたら「人間牧場」の進め方について発見があるかも知れません。

 一休禅師の言葉に「人生は食うて糞して寝て起きて」というのがあるのを思い出しました。何気ない日々の暮らしの連続が人生だと言っているようです。

 今日もまた「逢う人も逢う人も福の神」でした。合掌-。

 

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shin-1さんの日記

 「人間牧場」を作り始めると環境・自然・地球・森・川・海などの言葉が妙に気になるようになりました。今までもアメニティを意識した夕日・花・蛍・水辺・メダカをテーマに長年まちづくりに取り組んできましたが、役場職員としてかかわっていたため、それはまちづくりといいながら、実は行政の政策や施策として上から下へと流す行政の口実に過ぎない部分もあって、行政と住民の間のギャップをジレンマのような形で感じてていました。しかし「人間牧場」では、自らが考え自らが行動するという基本原則があるから自由にやれるのですが、そこから先の金の工面知恵の工面、それに汗の工面など色々大変です。

 「人間牧場」の建設や経営には研ぎ澄まされた豊かな感性が必要です。その感性を磨くには異文化との出会いによる異文化ギャップが必要と、寸暇を惜しんで色々な本を読んだり、人と出会ったりの修行を行っています。これまでもそうした修行は行っていたつもりですが、仕事の忙しさもあって仕事第一に考えざるを得ませんでした。でも今は修行優先ができる身ですから、軸足が随分違うことを実感しています。

 今日宇和島市の泰平寺で行われたイルカさんのコンサートに出かけました。元宇和島市長中川千代治さん(故人)が国連へ寄贈した「平和の鐘」や、お寺の境内にある平和の鐘にまつわるトークショーと、イルカさんの歌を聴きに、往復4時間かけて行きました。最初は知人で会長である川口律子さんの、熱意あるお誘いに根負けし出かけましたが、馴染みの「名残り雪」「海岸物語」に酔いしれました。特に宇和島の無人島沖ノ島にハマユウの花を咲かせる物語を秘めた「ハマユウ」という曲は、地元の難病に苦しむ少女が書いた詩に、イルカさんが曲をつけたもので、深い感動を覚えました。後で家へ帰って気がついたのですが、夕食食べるの忘れてました。

 もうひとつ、今日は素敵な出会いがありました。宇和島市長選に残念ながらいい結果を出せなかった中川鹿太郎さん(中川千代治さんの息子さん)のお家へお邪魔して、色々話をしました。まだ若いのに県議会議長を経験し、修羅場をくぐってきた人だけあって、敗者らしからぬ強い精神と夢を伺がい、これまた生き方に強い感動を覚えました。

 

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「人間牧場」デジカメ写真集

 「人間牧場」の移り変わりを写したデジカメ写真が130枚になりました。「人間牧場」の構想が始まった頃には、デジカメの使い方すら分からなかった私が、見よう見まねで写真を写したものですから、出来栄えはまあまあです。それでももう二度と取れない写真もあって少し自信がつきました。使い方を間違って20枚ほどの情報を全て消してしまったり、時には処理を忘れて満杯でシャッターチャンスを逸し、悔しい思いをしましたが、失敗を恐れず使うことこそ上達の近道だと思って、これからもチャレンジします。

 写真をパソコンに入力する段階でも随分ミスをしました。見かねた息子が自分のデジカメソフトを私のパソコンに入れてくれましたので、少し綺麗に整理ができるようになりましたが、その使い方をまた覚えなければならず、60の手習いは毎日が新鮮です。

 130枚の写真の中でお気に入りは何といっても建前頃の写真や「人間牧場」からの原風景写真です。その写真を近くブログで紹介します。只今原画を200KBに落とす作業能力が備わっていませんので、もう少し先のことになりそうです。乞うご期待といったところです。

自分の目で見た感じほど写真は美しく表現してくれません。多分自分の腕が未熟なからでしょう。それでも人間牧場」界隈はこの半年間で確実に季節は移り、春から夏を通り越して秋へと変化しています。

 間もなく私は誕生日を迎えます。(昭和19年10月3日が誕生日)、還暦60歳のこの一年間は自分の人生にとって、激動と呼ぶにふさわしい大きな変化の一年でした。こうしてブログで日記を書けるようになったことで、自分の人生を記録することができそうです。さあこれから新しい気持ちで今日一日を精一杯生きていきましょう。

 

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shin-1さんの日記

○大きなヤマモモの木

 【人間牧場」に樹齢200年を有に越す大きなヤマモモの木があります。この木は子どもの頃とひとつも変わらない姿をしています。多分木の成長と自分の成長がダブっているので、子どもの頃は大きく感じたのかも知れませんが、とにかく大きい木です。木霊宿るという言葉がぴったりのヤマモモの木の側には、小さな祠があって、地元の人が時々お参りに来ます。

 ヤマモモの木には多分雷が落ちたのでしょう。根元には黒く焼けた後が空洞になっています。子どもの頃この空洞にハーモニカを隠していましたが、誰れにも見つかりませんでした。たまにお菓子を隠していると何者かに食い荒らされて悔しい思いをしましたが、今考えると動物だったようです。私は神の使いではないかと思ったこともありました。

 ヤマモモの木」「人間牧場」のシンボルです。大切にしたいと思います。

ハーモニ家を目指したい

 ああ、そうそう隠したハーモニカですが、その後約半世紀経って、最近そのことを思い出してハーモニカを吹き始めました。知らなかったのですが、今日本の教育ではハーモニカを習わないそうです。リコーダーだそうです。私はこのことが不思議でなりません。外国から入ってきた楽器とはいえ、あんな哀調を帯びた音色を聞かせてくれる楽器はそうそうないと思います。持ち運びも簡単だし、日本の文部省は何を考えているのでしょう。

 私は将来(そんなに時間がないって?)ハーモニ家を目指したいと思っています。

ここだけの話ですが、密かに練習して只今100曲以上を吹けるようになりました。通知表音楽2の落第生としては大変な努力です。とひとり自慢しています。将来は何処かでハーモニカコンサートをと淡い夢を持っています。

 

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shin-1さんの日記

果物を作りたい

 「人間牧場」の周辺は、日本一のみかん産地愛媛県だけあって、みかんがいっぱい生産されています。

 温州みかんからハウスみかんまで、今は弌年中を通じて美味しいみかんがあるようです。しかしみかん農家以外でみかんを作ることは非常に難しいようです。除草や防除を含めた肥培管理を行わないと、「人間牧場」の農地が10年も放任してダメになったように、枯れてしまうのです。

 農家の方々の汗水たらした苦労を思うと、「果物を作りたい」などと安易に言えないようです。しかし私はあえて「果物を作りたい」のです。

 みかん、ブドウ、スモモ、なし、いちぢく、柿、レモン、ブルーベリー、など季節の果物を作りたいのです。息子が職場の上司からブドウの苗木をいただいてきましたので、早速秋には移植すべく畑へ仮植えしています。それまでに果物の木の育て方を勉強しないといけません。ミニのフルーツランドを夢見ています。

 今年は「人間牧場」の近くで野いちごをたくさん見つけ、除草や作業の合間に食べましたが、野趣この上ない食べ物に感激しました。また近くの野山にアケビや椎の実も見つけていますので、山歩きの秋が楽しみです。

 最近は里山が荒れてきたのか、農家の方々はイノシシの被害に頭を痛めています。先日もハンターからイノシシの肉をおすそ分けして貰いましたが、複雑な気持ちで食べました。

 ともあれ果物を作りたい夢は徐々に膨らんでいます。「桃栗三年柿八年、梅のうど馬鹿13年、そうそうイノスは18年」、これは私たちの町に伝わる言い伝えです。だとするとユズはもう私の代では遅いかも知れませんね。

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五右衛門風呂を作りたい

 「人間牧場」構想は時間と手間ひまとお金がかかることから、一気にはことが運びません。故に「水平線の家」の建設が第一期工事なら、さしずめ五右衛門風呂は第二期工事といったところでしょう。

 家を人が住めるようにするためには飲み電気や水の確保、下水の処理、便所、風呂、食べ物作りなどクリアーしなければならないハードルが幾つもあります。勿論その殆どがなければ自然に任せたり、代用品を持ち込めば済むのですが、生活をするとなると日日のことであり、そういうわけにはいきません。

 実は第二期工事のはずだったんですが、五右衛門風呂はもう基礎部分が出来上がっているのです。工事状況を見に来た人からは奇妙な構造物を見て「あれは何?」とよく聞かれます。「うーん、あれは出来上がるまでの秘密です」とお茶を濁しているのですが、実はブログ読者にだけ教えますが、あれは五右衛門風呂の基礎部分なのです。

 五右衛門風呂を作ろうと計画したとき「五右衛門は昔の大泥棒なのに」と笑われましたが、私たちが子どもの頃の各家庭の風呂は殆どが五右衛門風呂でした。下簾(ゲス)板を沈めて入る五右衛門風呂は今にして思えば何とも奇妙な日本人の暮らしでした。そこで郷愁を呼び起こす、いや日本人の暮らしを再現するためにも是非五右衛門風呂をと考えたのです。

 露天風呂+五右衛門風呂のようなものを考えています。出来上がった是非一度入浴をと勧めます。

「海や夕日を見ながら五右衛門風呂に入る」何てロマンチックな考えでしょう。

 どこかに古い五右衛門風呂の釜はないかなあ。(独り言)

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shin-1さんの日記

赤トンボを作りたい

 「今はもう秋・・・・」なんていうと、昔流行った歌みたいですが、秋になると何故かトンボを思い出します。

 自称「夕日博士」の私としては、夕日=赤とんぼと思うほど夕日には赤とんぼが似合うのです。それを裏ずけるように、「夕焼け小焼けの赤とんぼ」で始まる「赤とんぼ」という童謡にも「赤とんぼ」は、詩情豊かに歌われています。

 今は秋ですから様々な「トンボが低く飛び交って秋を演出しています。

 あんなトンボを指先に止まらせたらと、子供の頃から思っていましたが、勿論作り物なのですが、竹で作った「トンボ」を手に止まらせることに成功しました。

 思い返せば昨年の春、ある人が竹で作った「トンボ」を2匹いただきました。その「トンボ」に改良を加え、手に止まる「赤トンボ」を開発したところ、行く先々で大好評でした。製作者は去年まで私の町の中学校の校長をしていた窪田先生ですが、先生と私はこの「赤トンボ」を村おこしの特産品に仕立てようと密かに作戦を練りました。ところが校長先生は町外へ転校、私は市町村合併で教育長を辞したため、「赤トンボ」の話は立ち止まっていますが、「人間牧場」構想の進捗によって、仮称「赤トンボの館」構想は息を吹き返しつつあります。勿論窪田校長先生との二人三脚が不可欠ですが、どっこい「赤トンボ」は生きていました。

 「人間牧場で生まれた赤トンボ」が日本各地の子どもたちに夢を与える日は近いでしょう。

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shin-1さんの日記

ツリーハウスを作りたい

 わが愛媛県出身の作家にノーベル文学賞を受賞した大江健三郎さんがいます。大江文学は難度の高い作品が多く、私のような凡人には中々理解し難いのですが、同じ本を何度も読み返していると、段々分かってくるから不思議です。でもやっぱり他の本に比べると頭が休まるどころか、頭が痛くなります。

 そんな中で一番好きな本は「自分の木の下で」という作品です。特に奥様大江ゆかりさんの挿絵が素晴らしく、空想と現実を結び付けてくれます。

 本の中に出てくる「本を読む木の家」は、子供の頃に経験したことだけに特に気に入って、いつか自分も「本を読む木の家」つまり「ツリーハウス」を作りたいと思っています。

 「人間牧場」には樹齢200年のヤマモモの木があるのですが、根元の近くに道祖神のような祠が祭ってあり、恐れ多くてバチでも当っては大変と近寄りがたく思っています。「人間牧場」の敷地内にはみかん畑当時の防風林に使っていた杉の木が何本か生き残って枝を張っています。根元や枝分かれの面白さがあるので、この杉の木を使って「ツリーハウス」を作り、畳一畳の狭いハウスで、思いっきり本を読んで見たいと思っています。

 そんな考えを察してか息子が「ツリーハウス」の本を一冊プレゼントしてくれました。楽しく読んで夢を膨らませています。

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