人間牧場

〇わが家のモミジ紅葉

 今年は11月8日が立冬でした。暦の上では立冬から冬が始まりますが、やはり地球温暖化の影響でしょうか、一年納めの九州場所が始まったというのに朝晩の少しの肌寒さを除けば、相変わらず日中は気温が高く、暮らすのには暑くも寒くもなくいい時候を迎えています。

紅葉したわが家の枝垂れモミジ

それでも昨日はこの冬一番の北西の季節風が吹き荒れ、家から見える本尊山の周辺は幾分紅葉が始まった感じです。わが家の入り口には畳4畳半ほどの広さに枝葉を広げた枝垂れモミジを植えていますが、このところ紅葉が始まりました。真っ赤に色づいた枝垂れモミジは、後ろで色づいた柿の実とともに秋の風情を醸しています。

 この枝垂れモミジの紅葉はあっという間に始まり、風が吹けばあっという間に一日一夜のうちに、楽しむ間もなく散ってしまうので、さしずめこの2~3日で見納めのようです。ダイニングから見えるように植えている、ヤマモミジの紅葉も間もなく始まります。駆け足でやって来る冬の足音を聞きながら、足早に去ろうとしている秋の季節を楽しみたいものです。

「立冬が 過ぎて暦は 冬となる 枝垂れモミジも 色づき始め」

「口ずさむ 秋の夕日に 照る山モミジ 昔覚えた 童謡今も」

「温暖化 今ではすっかり 流行語 九州場所も うちわで観戦」

「昨日は 11月の 11日 11時11分 指折り数え」 

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人間牧場

〇上灘地区公民館祭り

 昨日は上灘地区の公民館祭りでした。県内各地からイベントのお誘いが沢山ありましたが、私が代表をしている史談会の方言展示や子ども教室の子ども体験塾20周年の歩み展もしているし、孫たちも合唱に出演するなどしていたので、地元ファーストで会場を見て回りました。一緒に見て回った妻は、行く先々で知人友人の出店に付き合い、持ちきれないほどの買い物をしていました。

方言展示
夕焼け村20年の歩み展
孫たちの合唱
保育所園児の踊り
町内水産加工会社のベトナム人女性たちも一役

特に漁業後継者のお店では、毎年買ってくれる上得意となっていて、サワラやハマチ、甲イカを沢山買ったようで、私は早速軽四トラックに積み込んで自宅まで持ち帰り、粗調理をする羽目になってしまいました。魚は全て頭と内臓を取って3枚におろし、ひとまず冷蔵庫に収めましたが、甲イカはせんごと墨袋・皮剥きをしなければならず、特にイカ墨は厄介で、かなりの時間を割きました。

粗調理した魚やイカを小分けして保冷剤とともに発泡スチロールの箱に詰め、内子に住む3男宅、松山市道後に住む長女宅、松山市西長戸に住む次男宅、松山市堀江に住む次男義父母宅、先日玉ネギ苗をいただいた伊予市三谷の水口さん宅と、まあこれでもかというほど妻とお二人であちこち回り、最後はJA給油所でポリ容器6缶に灯油を給油し、やっとの思いで夕方帰宅しました。

それでも昨晩は美味しいサワラの刺身や家庭菜園で採れた大根の煮物など、素朴ながら妻手作りの料理が沢山並び至福の時を過ごしました。何気なく過ぎる日常の平凡な生活ですが、ひょっとしたらこれが一番の幸せかも知れません。昨日も幸せないい一日でした。妻はユズを買ったようで、今日は菜園の大根を使ってユズ大根という漬物を作るようで、とても楽しみです。

「秋深く 県内各地で イベントが 地元ファースト あれやこれやと」

「町内に 住んでいながら 日常は 出会わない人 懐かし会話」

「あちこちの お店であれこれ 買い求め 妻の両手は 持ちきれないほど」

「お魚や 買った甲イカ 粗調理 私の役目 配るも付き合い」

 

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〇孫奏心の授賞式に参加

 このほど、孫奏心の通う由並学校から、孫奏心の作文が入賞したので、11月9日伊予市保健センターでの授賞式に出席するよう通知がありました。この日はあいにく父親も母親も手を離せない予定があって、結局おじいちゃんの私が孫を連れて行くことになりました。好都合なことに私は午前中松前のたわわ祭というイベントに参加することになっていたので、10時過ぎ孫奏心を伴って家を出ました。

家族の絆エッセイ入賞授賞式
賞状を貰う孫奏心
受賞者記念写真

 たわわ祭のイベント会場で1時間ほど過ごした後、昼食をどこで取るか孫奏心と相談したところ、国道を挟んだ向こうの回転寿司店で食べることで一致しました。昨日は孫奏心の作文入賞なので、家を出る時妻から「少しおご馳走を食べさせててやって」と、言われていたので、これ幸いとばかりに少し混みあっていた店内に入って二人が至福の時を過ごしました。

孫の作文

授賞式は午後1時30分なので会場となっている2階に上がりました。学校を通じたこの作文募集はモラロジーが毎年行っているそうで、双海町からも下小の西嶋さん、翠小の山本さんも入賞していて会場でお会いしました。孫の作文の題名は「おじいちゃんありがとう」でした。

「孫エッセイ 表彰式に 両親は あいにく出れず 私のこのこ」

「エッセイの 内容初めて 知りました 中々やるわい 思わずにんまり」

「お祝いに 二人で少し はりこんで 回転寿司を 美味しく食べる」

「副賞は 千円図書券 喜んで 早速孫は 本を買うよう」

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人間牧場

〇新聞記事

 毎日1000文字読むことを日課にしている私にとって、新聞の印刷文字とパソコンのデジタル文字は、毎日欠かせない情報ツールとなっています。特に地域づくりなどに深く関わっている私は、新聞は読んだり関係ある記事を切り抜いたりしていますが、この最近自分の紹介記事や自分に関わる記事があって、その日の新聞を最後に読む若嫁が読んだ後片付けてしまうのでうっかりできなく、昨日も既に紙ごみとして倉庫にしまわれてしまった前々日の新聞の行方を追ったりしました。

 前々日の新聞に載っていたのは、私が会長を務めている双海史談会へ、伊予銀行から助成金が贈られたという記事でした。本来なら会長である私が授賞式に出席しなかればなりませんでしたが、大学の授業日時と重なって出席できず、無理を言って副会長の浜田さんに代理出席をしてもらいました。今回双海史談会が発刊を予定している「方言集」印刷に20万円の助成金をいただくことになりました。既に印刷工程に回っていて、間もなく発刊する予定です。

愛媛新聞の地方版に、「伊予弁」というコラム欄があります。息子も月1回のペースで記事を書きましたが、昨日は八幡浜市川之江地区公民館主事の菊池敏和さんが「公民館が存在する意義」と題して書いていました。その記事の末尾に、こともあろうか「~前略~最前線で今も活躍する大先輩、伊予市双海町の若松進一さん。~後略~」と、私の名指しで書かれていました。新聞を読んで目敏く見つけた息子が、「お父さんの名前が載っているよ」と教えてくれましたが、お恥ずかしい限りです。

昨日は前々日読売新聞に紹介された私の記事を、若嫁が勤めている実家の喫茶店へ、「あんたのお父さんが載っていた」と、わざわざ常連のお客さんが読売新聞を3人が3通持って来てくれたと持ち帰ってくれました。新聞は読むものですが、この歳になっても相変わらずマスコミへの露出度は多く、悪いことをして新聞に取り上げられている訳でもないので、「まあいいか!!」と思いつつ、新聞の記事はスキャンデジタル化し、パソコンに収めました。

「千文字を 毎日読むと 決めている 故に新聞 ゆえにパソコン」

「このところ 新聞露出 多くあり 切り抜きスキャン デジタル保存」

「丁寧に 記事が出てたと 新聞を 持参してくれ 若嫁対応」

「悪いこと すればすぐさま 新聞に 載るがいいこと 時々紹介」

 

 

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〇読売新聞の小さな記事

 今朝ウォーキングをしていると、近所に住むおばさんから、「昨日の新聞に出ていましたよ」と声をかけられました。そう言えば昨日の夜妻の実家のある八幡浜に住む義理の姉からも、「新聞を読みました」と先日の義姉の一周忌法要のお礼を兼ねてメールが入っていました。

 わが家は愛媛新聞なので、まだどんな内容なのか分からず、取材に来ていただいた読売新聞の女性の記者さんから、掲載紙が届くのを待つしかないと思っていましたが、今朝起きて書斎に入ると、私の机の上に読売新聞が置かれていました。松山の仕事場に通う息子が昨夜遅くコンビニで買って帰ったものと思われます。

「うちのセンセイ」というシリーズらしく、「せんせい」でもないのに「人間牧場主」という肩書での紹介です。「自然に触れたくましく」という見出しで、人間牧場のことやこれまでのことがかいつまんで書かれていました。小さな記事ゆえ人知れずと思っていましたが、昨日は「新聞読んだ。元気そうで何よりです」と、2~3人の方々からも嬉しいお電話をいただきました。

「見ましたよ ウォーキング途中 声かかる 恥ずかしながら 私は見れず」

「人知れず 思っていたが 読む人は 結構いるもの 驚きました」

「わが息子 コンビニ立ち寄り 新聞を 私の机 昨晩置いて」

「自由人 肩書ないのに 牧場主 金持ちみたいな 変てこ名前」

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〇お茶の美味しい季節になりました

 5月ごろからつい最近まで、戸外で作業や活動をするものですから、熱中症対策や水分補給のため冷たい麦茶を飲んでいましたが、ここにきて朝晩10度近くまで気温が下がるようになると、暖かいお茶が恋しくなります。

お茶の花

 私はコーヒーを飲まないため、食事の時は緑茶を好んで飲みます。時々妻が紅茶を入れてレモンの輪切りを浮かばせてくれますが、知人から教わって畑の隅に生えている、ヤブキタという品種のお茶の木の新芽を摘んで、自分で紅茶も作り楽しんでいます。

色々な会合に出席すると、ごく当たり前のようにペットボトルのお茶が机の上に並べられます。一昔前まで若い事務員さんがお茶を入れてくれていた姿も、最近はすっかり見なくなりました。女性軽視だという世の中の風潮もあって、それはそれとして納得していますが、「ペットボトルのお茶は一体どんなお茶の葉がどの程度使われているのだろう?」とか、「ペットボトルのお茶は何故長く置いても腐らないのだろう?」とか、最近疑問に思うものの人に聞く勇気もなく、悶々としているのも事実です。

 この時期は畑の隅に生えているお茶の木に、白い花びらと黄色いめしべの可憐な花が咲いているのを見かけるようになりました。風流を楽しもうと今日は、花を一輪持ち帰り、水で洗って熱い緑茶の上にそっと浮かべて飲んでみました。とてもいい香りがして至福の時を過ごしました。

「朝晩は 寒さ感じる 頃となる 冷たい麦茶 熱い緑茶に」

「コーヒーを 飲まない私 時々は 自作の紅茶 自分で楽しむ」

「畑隅 茶の木小さな 花が咲く 一輪摘んで 緑茶に浮かべ」

「最近は 当たり前だと 言いたげに 会議の机 ペットボトルが」

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人間牧場

〇11月5日の夕日

 昨日の夕方、家庭菜園に出て玉ネギ苗を植えていると、わが家から見える借景の本尊山が、夕日で真っ赤に染まりました。赤富士ならぬ赤本尊山です。急いで農作業を終え、単車でシーサイド公園に行きました。

夕日で赤く染まった本尊山

雲一つない西の空に夕日が今まさに沈まんとする時でした。この時期の夕日は空気が澄んでいるのでとても綺麗に、最後の一瞬まで見ることができ、双海町の夕日をオンリーワンだと思っている自称夕日男の私としては、面目躍如といったところです。

不思議なことに夕日が沈むころまで見えなかった、遠いはずの大分県姫島が昨日は水平線上にくっきりシルエットとなって浮かび上がって見えました。若き頃姫島から松山まで丸木舟で姫島産の黒曜石を積んで大航海した懐かしい思い出が蘇りました。

「わが家から 見える借景 本尊山 夕日で赤く 染まって 心が動く」

「シーサイド 公園一人 夕日観る オンリーワンだと 心で拍手」

「日が暮れて 見えるはずない 姫島が シルエット風 見えてラッキー」

「ああ今日も いい日だったと 手を合わせ 夕日に向かって 感謝の祈り」

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〇冬野菜の植え付け準備

 秋が深まりつつありますが、今年の秋は例年になく暖かく、畑の冬野菜類は青虫黒虫の被害に遭って、農薬を使わないため白菜などは、まるでレースのように虫に食われているものもあります。虫が食うほど安全だからと多少見すぼらしい感じもしますが、妻は色々と工夫しながら食卓に出してくれています。

玉ネギの作付け準備を終えました

冬野菜の最後は玉ネギを植えなければなりません。先日サツマイモを掘った跡地に牛糞を振り撒き、耕運機で中耕をしていた畑を地ならしし、穴開きマルチを敷きました。マルチを使うことで春草を押さえようとする魂胆です。マルチの穴は横5穴なので、50列穴×5穴で250本×2畝=500本を植える計画です。

植え付けの準備を終えたので、今週にでもモミジという晩生の玉ネギの苗を水口種苗店で求め、植え付けたいと思っています。玉ネギは11月に植え付け来年の5月に収穫する、最も長くかかる作物ですが、ジャガイモとともに一年中料理に使うので、失敗の許せないものなので、慎重に作付けしたいと思っています。

「さつま芋 掘った跡地を 耕して 玉ネギ植える 準備着々」

「雑草を 取る手間省く 方法は マルチをかける これが一番」

「予定では 玉ネギ晩生 500本 かけ算しつつ 風飛ばぬよう」

「さあこれで 準備万端 整った 今週中に 植え付け予定」

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〇早くも11月、時の流れは早いです

 10月の終わりに孫たちがハロウィンパーティを企画し、わが家の中庭に私が造ってやった孫たちのたまり場ミニハウスは、20人を超える近所の子どもたちが集まり、夕方から午後9時までワイワイガヤガヤと賑やかにやっていました。古代ケルト人のお祭り程度の知識しかないし、東京渋谷の街を仮想して練り歩きながらバカ騒ぎすることすら奇妙に感じている私ですが、孫たちにとってはとても楽しみな恒例行事になっているようです。クリスマスもハロウィンも日本人の暮らしにすっかり馴染んでいるようです。

ハロウィンパーティの会場となった庭のミニハウス
カボチャもくり抜かれて
段ボールに書かれた会場案内
石垣にも
仮想して
夜9時まで

 気温がいつもの年より高かった10月も終わり、早くも11月です。年賀状が発売され始めたというニュースに、あと2ヶ月で正月を迎える時の流れの速さを感じながら、日々を過ごしています。今日は3連休の最終日です。サンデー毎日の私ゆえ連休など余り気にしてはいませんが、昨日は昨年末に亡くなった義姉の一周忌法要があり、妻と長浜に住む義弟と八幡浜の菩提寺へ出かけましたが、昨日の朝の新聞で近所に住む知人の訃報と告別式の予定をお悔やみ欄で知り、会食もそこそこに引き返し、伊予市のセレモニーホールでの葬儀に参列して梯子となるなど忙しい一日でした。

 孫たち息子家族はホテルにも泊まらず東予港から出ているフェリーで、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)へ遊びに出かけ、て昨日の夜は私たち夫婦だけの静かな夜を過ごしました。二人の孫がいないだけでこうも静かなものかと、改めて孫たちの存在の大きさを実感しましたが、今朝早く元気に帰って来ました。警察官をしている3男も帰宅してわが家に活気が戻り、妻は腕によりをかけ料理作りに励んでいます。

「いつの間に ハロウィン日本に 広まって 孫たちまでが 楽しみ遊ぶ」

「ハロウィンも バレンタインも 私には これから先も 縁遠いもの」

「孫たちの 姿見ながら つくづくと 古くなったと 少し寂しく」

「若い頃 ロスアンゼルスで ディズニーを 観た衝撃が 忘れられない

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人間牧場

〇夫婦って何?

 私たち夫婦は、お見合いで知り合い結婚しました。私の記憶が正しければ来年の5月5日で晴れて50年の金婚式を迎える予定です。先日整理をしていると永六輔さんから頂いた本を見つけました。その中に夫婦について書いていました。10代の出発ではなく20代で夫婦になったのは私26歳、妻25歳で結婚した日からでした。10代繰り上げれば20代で夫婦にになった私たちは、今が「お互い感謝で夫婦」だと言い得て妙なる表現に納得しています。

4人の子育てをしながら30代で家を建て、35年間仕事に情熱を燃やした私と、家計のやりくりに半生を費やした妻との役割分担協力があったからこそ今があるのですから、締めの言葉の「やっと夫婦」なのかも知れません。さて永六輔さんはやっと夫婦の後のあり様を残念ながら書いていません。さしずめ70代は余生を楽しむ夫婦、80代は助け合い・いたわり合いの夫婦、90代はどちらかがどちらかをあの世に見送る夫婦、最後はやっとゼロに戻って「やっと夫婦THE・ENDです。」なのかも知れません。

私たちは70代夫婦です。今はどちらもどうにか元気で、どちらも自動車の運転ができます。今のうちに余生を楽しむことをしなければなりません。さらに亭主関白だった私も少し心を入れ替えて、今から助け合い・いたわり合いに転じなければなければなりません。やがてどちらかがどちらかをあの世に見送りTHE・ENDになるまで・・・。

「永さんが 私にくれた 一冊の 本に夫婦の あり様書かれ」

「永さんは 70代から どうなのか? 書いてないので 私な・り・に」

「結婚し 夫婦になって 50年 これから先を どう生きようか?」

「これまでが これから決める だとしたら もっと幸せ なるはず期待」 

 

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