人間牧場

◯従兄弟の見舞い

私の親父は12人兄弟姉妹、おふくろは6人兄弟姉妹、親父とおふくろを除けば合計16人もの叔父や叔母がいます。高齢化社会と言いながらもう何人かはあの世に旅立っていますが、その子ども、つまり私の従兄弟従姉妹となると数え切れないほどの数で、顔さえ思い出せない人もいます。その親しい従兄弟の一人が最近病の床に伏せていて、今日見舞いに行きました。

最近まで元気だった従兄弟は、この1ヶ月ほど食事が進まなくなって、家族の話だと点滴で体力を維持しているとのことでしたが、幸い地元のお医者さんの在宅緩和ケア―と思える手厚い往診を受け、住み慣れたわが家で暮らしています。見舞いに行った私の来訪を大層喜んでくれ、思い出多き積もる話を沢山しましたが、その顔には多少涙が滲んでいました。

ふと、人間は何のために生きるのだろうと思いました。生命保険のコマーシャルではありませんが、「万が一ではなく二分の一の確率」と言われるように、今日本人の死因は二人に一人ガンになるのだそうです。高齢期にガンを患えば、ガンの増殖は遅いものの、体力的なこともあって手術も抗ガン剤を施すこともできず、苦しみながら終末を過ごさなければならないのです。

昔は「生きたくても生きれなかった時代」でした。今は人生百年と言われる長寿社会となりました、「生きたくなくっても生きれる時代」と言いつつ、やはり人間は少しでも長生きしたいのです。迫り来る老いの足音が少しずつ近づいてきていることを実感するようになった今、私はこれからどう生きればいいのでしょうか。強がっても人間は寂しいかな、結局この世から去らなければならないのです。

「兄弟の 多い家系に 生きてます 叔父叔母沢山 高齢迎え」

「このところ 病の床に 伏せている 従兄弟の見舞い やつれてびっくり」

「万が一 ではなく今は 二分の一 ガンの確率 次第に高く」

「結局は 人間誰しも この世から 消えてなくなる 寂しい限り」

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人間牧場

〇鯛の尻尾

 わが家は3代続いた漁家でしたが、私が体調を崩して地方公務員になったため、愛媛県立宇和島水産高等学校漁業科を出たというのに、残念ながら漁家は途絶えてしまいました。親父は鯛網の腕の良い漁師だったため、一代で財を成すほどではなかったものの、それなりに稼ぎそれなりに自分の兄弟姉妹12人の長男として、若死にした祖父に代わり、自分の兄弟姉妹や私たち兄弟姉妹を独り立ちさせてくれました。

 鯛網漁師だったため、子どもの頃から高級魚である鯛を、嫌というほど食べて育ちましたが、私たちの住んでいた元の家の台所の柱には、まるでお守りのように鯛を調理する度に、出刃包丁で切り落とした鯛の尻尾が貼り付けられていました。何の意味があるのかも分からぬまま不思議に思って見過ごしていましたが、2~3日前友だちからかなり大きな鯛を貰い、私が粗調理をしました。

鯛の鱗を専用の鱗取りで剥がし、頭と尻尾と内臓を取り3枚におろしました。その時何を思ったのか、あるいは元漁家のDNAが祖巣させたのか、いつもはそのまま捨てる尻尾を、外の調理台の周りを囲っている、ステンレス製の壁に水洗いして貼り付けました。鯛の尻尾は水に濡れていたため、落ちることもなくピタリと壁に張り付きました。粗調理や調理台付近の掃除を終え、残飯処理をして一段落しましたが、鯛の尻尾を張り付けたことはすっかり忘れてそのままの状態でした。

明くる日、たまたまそれを見た若嫁が、「鯛の尻尾が壁に貼り付けてあるが、何の意味があるの?。そう言えば私も子どもの頃自分の家の台所の柱に、鯛の尻尾が貼りつけられていたのを覚えている」と言うのです。私たちの年代ならいざ知らず、若嫁がこんな風習を知っていることにも驚きました。「鯛の尾びれは尾っぽなのか尻尾なのか?」と二人で他愛ない話をしながら大笑いをしました。親父も亡くなっているので、知る由もない鯛の尾びれを張り付る風習の意味は、もう聞きようもありませんが、「う~ん」でした。

「子ども頃 鯛の尻尾を 台所 柱貼り付け お札のように」

「実家でも 子どもの頃に 見たという 若嫁記憶 私も記憶」

「何気なく 粗調理した 鯛尻尾 ステンレス製 壁に貼り付け」

「鯛尻尾 今となっては 聞く人も 亡くなり真意 分からぬままに」

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人間牧場

〇金のなる木があったらなあ~

 自称「貧乏人」の私ですが、「ボロは着てても心は錦、どんな花より綺麗だよ」と、歌手水前寺清子さんの歌を思い出しつつ、日々つつましやかながらも楽しく暮らしています。貧乏人は「お金があったらなあ~」と、いつも他愛のないお金持ちになることを夢見ています。わが妻もその典型で、一年に何度か宝くじを買い、「お父さん、一億円当たったら旅行に連れて行ってあげる」などと、当たらなかった宝くじに失望しながら再々チャレンジしています。

金のなる木に咲いた花

何年か前、椿さんにお参りに行った時、沿道に並んだ出店の植木屋さんに立寄り、「金のなる木はありませんか?」と店番をしている主人に聞きました。「お客さん、金のなる木があったら私も欲しいです」と返されました。それから雑談めいた話になりました。「この店にクロガネモチ・マンリョウ・センリョウ・ヒャクリョウという木は売っていますか?」と尋ねると、「はい全部売っていますと言うので、ご主人に「クロガネモチは金持ち、マンリョウは万両、センリョウは千両、ヒャクリョウは百両で、『金のなる木』として売ったら売れますよ」とお話ししました。

 「あなたは面白い人ですね。来年は考えてみましょう」とのことでした。その明くる年、椿さんにお参りしての帰り道、昨年笑い話をした出店の植木屋さんに立寄ると、テントの向こうに展示している木々の中に何やら面白い看板を見つけました。「縁起のよい金のなる木は如何でしょう!!」と書かれていて、クロガネモチの木には「くろ金持ち」、マンリョウの木には「万両」、センリョウの木には「千両」、ヒャクリョウの木には百両」と、遊び心半分の札をつけて売っていました。

ご主人は私の顔や話したたことをよく覚えていて、「お陰様で今年は金のなる木シリーズがよく売れています」と言って、小さなサボテンのような鉢植えをタダでお礼にくれました。これも巷では「金のなる木」と言われているようで、先日菜の花ウォークのイベント会場で、餅つきボランティアに参加した際、シーサイド公園の片隅に花をいっぱいつけた金のなる木を見つけ、懐かしくなって写真に収めました。植木屋さんから頂いたわが家の鉢植えの金のなる木も大きくなって、今年も花を咲かせていますが、私の努力が足らないのかまだ一向にお金は貯まりません。

「椿さん 植木屋店先 ご主人に 金のなる木は ないか尋ねる」

「クロガネの モチノキ気がつきゃ 金持ちと 読めるじゃないか ご主人喜ぶ」

「あくる年 私の提案 即実行 妙案お礼に 金のなる木を」

「この話 まるで落語の ネタのよう 私も中々 やるではないか」

 

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人間牧場

〇自分の講演している写真

 私は招かれてあちらこちらでお話をしています。ゆえに沢山の人の前でお話しすることは余り苦にならず、生来の楽天的な性格もあって、大学での講義は別として、余程のことがない限り人様のようにレジメやパワーポイントを用意することも殆どせず、アドリブで思いついたことを話しています。

上毛町でのまちづくり講演

中土佐町での生涯学習講演

先々週の土日、土曜日は福岡県上毛町、日曜日は高知県中土佐町と、移動距離も半端でないかなり離れた2カ所の講演をこなしました。福岡県も高知県も考えてみればお隣の県ですが、船に乗ったり列車に乗ったり、また自家用車で移動したりと、旅慣れた私でも高知県中土佐町からわが家に帰宅した時は、ホッとしました。

今回の旅で私は、携帯電話とタブレットを自宅に忘れたため、連絡がかみ合わず大失態を演じてしまいました。日ごろは何気なく使っている携帯電話とタブレットですが、二つの道具が日常の暮らしにどれほど役立っているかを、思い知らされた3日間でした。自宅からの電話も、相手先との連絡も、また日常旅先で書くブログ記事も書けず、傷心の面持ちでした。

私が講演している様子は自分自身では残念ながら撮影は不可能ですが、両方の事務局担当者から、それぞれの会場で講演している写真が、有難いことに後日メール便で送られてきました。早速記録のつもりで今朝のブログ記事に取り上げましたが、「こんな様子で話しているのか!!」と、少し恥ずかし面持ちになりました。

「携帯と タブレット忘れ 旅に出る 何とも不便 傷心面持ち」

「隣県と 言いつつ福岡 高知県 海を渡って 山街超えて」

「講演を している写真 メールにて 送ってもらい 恥ずかしいやら」

「自分では 絶対撮れない 写真ゆえ 大事に保管 ブログ挿入」 

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人間牧場

〇「うれしいひなまつり」歌の間違い

 私たちの地方でお節句というのは一月遅れの4月4日で、その時期になると家族総出で座敷にお雛様を出して飾っていましたが、私たちの関心はお雛様よりお雛様の前に飾るひな豆や菱餅、それに甘酒でした。またお節句に母ちゃんが夜なべをして作ってくれるお花見弁当は、盆と正月がいっぺんに来たような喜びでした。

わが家の玄関先に飾った小さなお雛様

日本中では3月3日がひな祭りです。わが家内孫は2人とも男の子なので雛飾りはしませんが、1週間前妻は玄関の靴箱の上に、小さなお雛様を飾ってくれました。子どもの頃から聞き覚えのある「うれしいひなまつり」という歌を、ハーモニカで吹きながら口ずさんで歌ってみました。ところがこの歌には幾つか間違った表現がしていると、最近指摘されているようです。

それは「お内裏様とお雛様」というくだりです。私たちはお内裏様がお殿様、お雛様が姫様と思っていましたが、金屏風の前に座っているお殿様とお姫様の二人一対をお内裏様と呼ぶのだそうです。この歌の「二人並んで」だとお内裏様とお雛様で合計四人になってしまうようです。お雛様はお内裏様以外の総称をいうのだそうですが、今頃になって言われても直しようもないご指摘です。

最近流行りの「チコちゃん」ではありませんが、何の疑いもなく「ボ~っと生きてる」私たち平凡な庶民にとって世の中には、知らないことや間違いを信じ込んでいることが余りにも多いようです。これまで4人の孫全てが男の子だったのに、わが次男息子夫婦に初めて女の子が誕生して、昨年のこの頃は雛飾りを見に出かけたことが、つい昨日のように思い出されます。何日か前お雛様を飾ったので見に来るように電話が入り出かけましたが、歩けるし言葉が喋れるようになった孫の目には、どんなお雛様飾りに見えているのでしょう。

「ひな祭り お内裏様は 殿様と 信じ込んでた ボ~と生きてた」

「ひなまつり 歌思い出し ハーモニカ 吹いて玄関 お雛様見る」

「ひな祭り ひな豆菱餅 甘酒に 加えお花見 弁当思い出」

「もうそんな 時期かと思う ひな祭り 近頃光陰 新幹線並み」

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人間牧場

〇雨の中の菜の花祭り

 「春に3日の日和なし」と言われるように、春が近づいたのかこのところ晴れ・晴れ・雨と、2~3日の周期でよく雨が降ります。最近は洗濯物が乾かなくてもコインランドリーがあるので別に困りませんが、屋外でのイベントは食を伴うものが多いため、準備や客足、それに売れ行きなど天気に左右されることが多く、気を揉んでいる人も多いようです。

ピザ焼きボランティアをしている仲間たち

昨日は双海町に春の訪れを告げる、菜の花ウォークの日でした。ふたみシーサイド公園~JR長浜駅間を歩くイベントでしたが、朝から雨が降ったり止んだりとあいにくの天気でした。私は息子と午前中人間牧場でシイタケの植菌作業をしていて、帰り道閏住の菜の花祭りの会場に立寄りました。松本さんや富田さん、渡部さん、米湊さんも手伝ってピザ焼きや餅つきが行われていましたが、雨のため客足は今一って感じでした。

餅つきボランティアをする私

私は午後1時30分から予定しているダイガラ餅つきの、手臼ボランティアを頼まれていたので少し早めに行き、準備をしながら賄い料理の美味しいカレーをいただきました。餅をつく頃には雨も上がり、早く帰ったウォーキング参加者も加わり、ギャラリーも加わって賑やかにダイガラ餅つきをしました。白餅・紫芋餅・ヨモギ餅の3臼をつきましたが、新居浜から松山明子さんはじめ多数の知人女性が伊予市を訪れていて、思いがけない嬉しい再会となりました。

誰でもピアノを弾く聖カタリナ大学の白川さん、この後私も弾きました・・・

イベントホールには、誰でも弾けるピアノが一台置かれていました。聖カタリナ大学のご厚意で、イベントのために借用したそうですが、私も聖カタリナ大学の非常勤講師を務めていて、顔見知りの白川君はじめ、学生たちも多数見えられ会話を交わしたり、私もお粗末ながら求めに応じ、「赤とんぼ」や「夕焼けこやけ」などを弾いて、みんなを驚かせてしまいました。

「天気が良ければ」と、イベントに雨が降る度思いますが、考えようによっては雨もまたよしです。人の集まる所へ出掛ければ、それぞれの想いを持った人と出会います。時には旧友と、時には見知らぬ人と出会い、立ち話をしながら音信を確認する、昨日も嬉しいいい沢山の出会いがありました。

「雨の中 合羽まとって ウォーキング 途中あちこち 何を思うか」

「あちこちで 親しい仲間 ボランティア 下支えする みんな活き活き」

「ホール内 置かれたピアノ 弾きました 拍手いただき 有頂天なる」

「旧友が 思いがけなく 立ち寄って 立ち話する 懐かしみつつ」

 

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人間牧場

〇ブログのご縁

 昨日の昼頃、子ども体験塾で手打ちうどんを作っている最中に、伊方町瀬戸大江の長岡伝之さんから「時間が取れればお会いしたい」と電話が入りました。午後2時に体験塾の閉講式が終わる予定ながら、夕方には松山に出かけなければならない所用もあって、伊方町瀬戸からは約2時間もかかるので、午後3時に下灘コミセン前で出会いましょうと約束がまとまりました。

人間牧場へやって来た伊方町瀬戸大江の長岡伝之さん
長岡さんが切り倒した榎(長岡さんのブログより)

閉講式を終え一旦自宅へ帰りシーサイド公園に立寄って、ドーナツの店で喜久家プロジェクトに行くことができない旨を小西さんに告げ、約束の場所である下灘コミセンに向かいました。長岡さんは既に軽トラで到着していて、早速人間牧場へ向かいました。長岡さんの出会いの趣きは、榎を切ったという数日前の私のブログを見て、長岡さんも切り倒した榎の木を使ってヒラタケの植菌をしたいとのことでした。

先日切り倒した池久保駄馬の榎を見てもらい人間牧場へ行き、シイタケのホダ場を見たり、短い時間ながら楽しいお喋りをしました。私も長岡さんのブログをよく拝見しているし、長岡さんも私のブログを見ての反応なので、いつも出会っているような気持ちになりました。長岡さんは瀬戸町大江の瀬戸内海を見下ろす場所に住んでいて、ブログを見る限りアウトドア―派のかなり熟練した達人のようで、人生の楽園ともいえる自慢の暮らしぶりを、いつか訪ねて見てみたいと思っていましたが、先を越されてしまいました。

長岡さんは勤めていた郵便局を辞めてから自宅付近を開墾して、まるで公園のようにして暮らしているようです。ブログでしか長岡さんの人となりは詳しく分かりませんが、ブログを通じて音信をメールにて交えれる、現代風の出会い方法も面白いと思っています。達人は色々な所にいるもので、私の人生の縁域がまた少し広がりました。人生は楽しむためにあるのです。長岡さんは出会いを重ねたい人のようです。

「塾最中 これから会いたい 電話入る 束の間時間 出会い約束」

「2時間の 道程苦にせず やって来る やはり達人 骨身惜しまず」

「人生の 縁域増えて また嬉し ブログやメール 使って交流」

「榎の木 ヒラタケ植菌 気になる木 種ゴマ早速 お裾分けとは」

 

 

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人間牧場

〇美しく老いる生活10訓(その2)

②老いていちばん惨めなことは経済的ゆとりのないことである。
18歳で高校を卒業して漁師になり8年間、体の都合で勧められて役場に入り35年間、働き蜂と言われるほど家庭をも顧みず、がむしゅらに働きました。26歳で結婚し60歳で定年になるまでの35年間は、子育てと建てた家のローン返済に追われ、文字通り家計は火の車で、妻には心労が擦り切れるほどの難儀を囲いました。

60歳でリタイアしたため、収入の道を断たれましたが、妻の綿密な生活設計実践のお陰で借金返済も子育ても一段落し、今はいただいた退職金を取り崩したり、年金と妻のパート収入、それに私の多少の小遣い稼ぎで、つつましやかな日々の暮らしを成り立たせています。人間は経済的なゆとりがないと夫婦や親子の人間関係はギクシャクするものです。

現代日本人の老後は、特別養護老人ホームなどの介護施設で暮らす人が、次第に多くなってきました。老人ホームに入所して暮らすには、毎月決まったお金が必要で、国民年金だけでは思うような福祉サービスは受けられないようで、老後の沙汰も金次第といったところです。さりとてこの歳になって金儲けや蓄えもできにくく、途方に暮れる人が何人もいます。もし経済的ゆとりがなかったら、親の介護もできなかっただろうし、子どもたちや孫の信頼もなく老後を寂しく過ごすだろうと思うと、まあそれなりの人生のようです。

自分の人生の終焉が見えて来つつある昨今ですが、日常は慎ましくとも、たまには旅行にでも出かけ、やりたかったことをやり、使い切ってコロリンシャンとあの世に行きたいものです。

「金なくば 人は信用 してくれぬ 経済ゆとり 持ちたいものだ」

 

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人間牧場

〇シイタケが出始めました

 このところの気温上昇と足繁く降るようになった雨の恵みを受けて、家の裏や人間牧場に植菌して置いているホダ場のホダ木に、シイタケが生えるようになりました。シイタケは日中の最高気温が10度から15度前後になる春と秋に芽吹くので、余り大きくなり過ぎない頃を見計らって収穫しています。

 このところシイタケが沢山生えるので、家の裏のホダ木は孫たちが、少し遠い人間牧場のホダ木は私が収穫し、頃合なものは生食に、少し傷んだものは包丁で茎を落とし、乾燥しやすいよう短冊に切り、サナに広げて乾燥シイタケを作っています。乾燥したシイタケは栄養価も高く、湿気が来ないよう小袋に乾燥剤を入れて保存し、色々な料理に使っています。

勿論生のシイタケは、知人友人や親類にお裾分けして喜んでもらっていますが、わが家でも色々な料理にこれでもかというほどシイタケが入っていて、昨晩などはシイタケのチーズ焼き、シイタケの照り焼き、みそ汁の具材にもシイタケと、少しうんざりする程でした。

 シイタケのホダ木は4~5年で朽ちて役目を終えます。故に毎年新しいホダ木を作らないと、そのうち途絶えてしまいます。今年も先日親友の井上さんのクヌギ林に出かけて2~3本切らせてもらい、人間牧場へ運んで木陰に置き乾燥しています。親友亀本さんのお世話で植菌の準備もできたので、そろそろ作業に取り掛かろうと思っています。

「このところ 気温上昇 降る雨で シイタケ生えて 収穫楽しみ」

「わが妻も シイタケ大好き ゆえなるか 料理シイタケ 三昧の日々」

「シイタケを 親類知人に お裾分け わが家せっせと 乾燥シイタケ」

「シイタケも 今のところは 自給でき 健康維持に 一役買って」

 

 

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人間牧場

〇隣のおじさんの断捨離

 隣のおじさんの年齢が90歳を越えました。最近は足腰が弱り記憶も途切れがちながら、1週間に4日程度近くの特老夕なぎ荘へデイサービスに通っています。故に普通は殆ど顔を合わせなくなりましたが、毎月21日のわが家の入り口付近に安置されているお地蔵さんの縁日に、妻の作った赤飯を持参して会話を交わしています。

いただいた小型の耕運機
いただいたマキタ電動鋸

この最近、おじさんの家のブロック造りの倉庫が老朽化し、天井からコンクリート片が落ちるようになったらしく、息子さんが暇を見つけて中の道具類を処分したり、木材端材は高野川の清掃センターへ運んだりして掃除をしているようです。おじさんは若い頃から日曜大工が趣味で、この倉庫も自分で造り、中には沢山の道具類が整理整頓して置かれていますが、これらを処分するとなると厄介で、「欲しいものは何でも差し上げるから持ち帰って」というので、とりあえず農作業に使える道具類を幾つかいただきました。

 昨日はおじさんがディサービスに出かけたので、息子さんは仕事の休みを取って片付け作業をしていましたが、朝のウォーキングで出くわし、半日ほど片づけを手伝ってあげました。ミカンのキャリーは友人に電話連絡して取りに来てもらい、倉庫の奥に置いていた小型耕運機も処分するというので、ガソリンを入れ動かすと始動するようなので、人間牧場用にいただき持ち帰って拭き掃除をしました。この他にもマキタの電動鋸や、工具類もどっさり貰い、今日にでも後片付けをしようと思っています。

ふとおじさんと自分の行く末をダブらせながら、「もう20年もすると自分もこのようになるのか?」と思いながら、せっせと集めた道具類も代が変われば、猫に小判となってしまう姿に心が痛みました。やがて来るであろうわが老いを先取りして、「そろそろ断捨離をしないと」と、少し焦りのようなものを感じた1日でした。

「お隣の おじさん高齢 なったゆえ 息子が倉庫 断捨離決行」

「あれもこれ 欲しけりゃどうぞ 言うゆえに あれこれ貰い 道具倍増」

「耕運機 ガソリン入れて 始動した 人間牧場 これは使える」

「20年 すればわが身も このように なると予測し 今から準備」

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