人間牧場

〇ブライダルからセレモニーへ

 私は若い頃公民館に勤務し、生活改善運動の一環として冠婚葬祭の改善に力を入れました。町営の葬儀祭壇、花輪やお返しの廃止、洋服の成人式など、当時としては斬新な取り組みで注目を集めました。特に1万円の会費制結婚式は多くの人が賛同し、公民館に結婚式用の祭壇まで造ったほどでした。故に私は頼まれて結婚披露宴の司会をこれまでに、537組もやっているのですから驚きです。

 私が公民館から人事異動で離れた頃から町では青年の流出が始まり、そんな冠婚葬祭への取り組みもいつの間にか姿を消しました。今にして思えば結婚披露宴を町内でするだけで、酒屋や料理屋、写真屋が繁盛したブライダル産業も、遠い昔の出来事になってしまいましたが、ブライダルとともに葬儀事情も随分様変わりしました。残念ながらわが町にはセレモニーホールがないため、人が亡くなると今は市内になりましたが、伊予市郊外のセレモニーホールで葬儀をする人が殆どになりました。

 私も歳相応になったため、残念ながらブライダルへの出席は殆どないのに、セレモニー出席は連日のようにあります。葬儀は身内を除けば案内は殆どなく突発的にやって来ます。また新聞のお悔やみ欄で知ることも度々です。幸い昨日は私が会長をしている事務局から訃報のメールが届き、今日の葬儀に予定が既に入っていて参列することが叶わないため、昨晩午後6時からの通夜に参列しました。私の親類の叔父や叔母も段々高齢になって、ある程度の覚悟が必要になってきました。かく言う私も・・・・。

「若い頃 連日あった ブライダル いつの間にやら セレモニーです」

 「公民館 生活改善 先頭に 立って奮闘 昔話に」

 「わが周り お年を召した 方ばかり 口じゃ言えぬが そろそろあの世」

 「メールにて 訃報が届く 時代です 予定キャンセル 出来ず通夜行く」

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〇虫刺されと擦り傷が絶えません

 夏は草刈りのシーズンです。今年の夏は暑く、昼間は35度を超える猛暑日が続いているので、「熱中症になったら大変だから、やらないように」と、妻や家族に注意されていますが、そういう人たちは誰も私の草刈りを手伝おうとしないので、結局のところ自分の農作業が遅れるだけなの話です。小まめに休憩や水分を補給するなど十分注意をしながらボチボチやっています。

この時期の草刈りは、ブトや藪蚊といった小動物にも悩まされます。そのため腰に缶入り蚊取り線香をぶら下げて作業をしますが、汗をかくとその水分と匂いにつられてアブがまとわりついてきます。アブは背中に止まると服の上から噛みつくので注意をしなければなりませんが、後ろに目がついている訳でもなく、追っ払っても追っ払っても執拗に止まるのです。時々腕に止まったのを見つけて叩き落そうとしますが、敵もさるもの一瞬の間に逃げてしまうのです。

 最近マダニのことも気がかりです。私はまだマダニの実物を見たことがありません。息子も孫もマダニに噛まれお医者さんで治療してもらいましたが、マダニで命を落とす人もいるそうなので、注意をしなければなりませんが、小さいゆえ注意をしても防ぎようがありません。私の体は手や首筋など外に出ている場所を中心に、虫刺され跡や擦り傷が絶えません。その都度薬を塗ったりリバテープを貼ったりして対応しますが、そんな小さなことを気にしていたら、農作業は進みません。日焼け止めを塗ることもなく、麦わら帽子と手袋くらいで急場をしのいでいます。

「この時期は 手や首筋に 虫刺され 擦り傷増えて 痒くて痛い」

 「マダニとは どんな生き物 まだ私 その姿など 見たこともなし」

 「ある知人 マダニに噛まれ 亡くなった 気にしていたら 仕事せず済む」

 「ああ今日も 暑くなるなと 腹くくる そろそろ秋の 準備作業を」 

 

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人間牧場

〇7月歌会の結果

 いつも忘れて督促をいただく、松山五行歌の会の見山あつこさんから、7月の歌会結果報告書が送られていました。私はいつも欠席歌の部なので、いつものように出席歌の部の一席から読み始めました。今回の一席は見山あつこさんの次の作品でした。
    雨が止まない
    止んでくれない
    出番がありませんようにと
    祈りながら準備する
    非常用持ち出し袋

 

実家のジイジと

欠席歌の部に載っている私の駄作です。
    一升餅
    背負って歩く
    孫娘
    爺婆四人
    老いも忘れて

次のような講評コメントが添えられていました。
 ☆一歳の誕生日を祝う伝統行事「一升餅」愛媛でもまだ続いているのですね。当の本人はわけがわからず重いお餅(約2キロだそうですよ)を泣きながら背負っている場面も想像できますが、四人のジジババや家族に見守られて誕生日を祝ってもらえる赤ちゃんは幸せです。お孫さんは将来もっと重い荷物を背負わなければいけないときもあるかと思いますが、健やかに成長して欲しいです。という感想も。

 その後ろに次のような添え書きメモが朱色で囲ってありました。
 【メモ】伝統行事「一升餅」とは
 お餅は昔から出産・誕生・祭り・正月・五節句など、ハレの日の重要なものです。一升には「一生」の意味が掛かっていて、おめでたいお餅と合わせることで、「一生食べ物に困らないように」「一生、健康でありますように」といった願いが込められています。また、一升餅の丸く平地たい形には「一生、円満に過ごせるように」という意味合いもあるようです。背負えても背負えなくても、一升餅はどちらもめでたい!立ち上がれたら身を立てられる、座り込んでしまったら家にいてくれる・家を継いでくれる、転んだら厄落としができたといわれます。どちらにしろ縁起の良い一升餅です。

「わが孫に 一升餅を 背負わせて 破顔一笑 家族は平和」

 「五行歌に 一升餅の ありのまま 書いて送ると こんなコメント」

 「幸せは 感じる心 あれやこれ 家族の成長 私死ぬまで」

 「この孫が 結婚するを 見届ける 私何歳 生きればいいか?」

 

 

 

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〇天辺がなくなった麦わら帽子

 今年の夏はとにかく暑い!!と感じます。殆ど毎日のように行っている農作業も、ささやかなボランティア活動も全て屋外なので、日焼けなど別に気にしなくてもよい年齢でも、熱中症対策としてひさしの広い麦わら帽子を愛用していますが、照り返しの太陽の日差しは殊の外強く、「お父さん、黒くなったねえ!!」と妻に言われたり、時たま会う友人からは、日焼けが元気のバロメーターだと思っているのか、「お元気そうで何よりですねえ!!」と言われる始末です。朝晩洗面台の鏡に映った醜いアヒルである自分の顔を見て、「黒くなったなあ!!」と、自分で納得しています。

真っ黒に日焼けした私
天辺が破れた麦わら帽子

 ところでこの3年間愛用してきた麦わら帽子がついに劣化し、頭の天辺がちぎれてなくなってしまいました。主な原因は麦わら帽子を被ったまま木々の下を潜り抜ける際、容赦なく麦わら帽子の天辺やひさしを木々にぶち当てるのです。頭を怪我から守ってくれているのですから麦わら帽子には感謝しなければなりませんが、木陰なら天辺がなくっても、むしろ通気が良いのでしょうが、雨や炎天下ではその役目が果たせなくなってしまいました。どうやらそろそろお払い箱のようですが、3年間も愛用している麦わら帽子なので、棄てるに捨てきれず、今朝のゴミ出しにもためらって出せませんでした。

「見すぼらしいしみっともないから、天辺の破れた麦わら帽子はかぶって外にないで」と妻は言い、既に新しい麦わら帽子を買ってくれていますが、古い時代の人間のサガでしょうか、「勿体ない」の心理が何かにつけて働いてこの有様です。気がつけばワンテンポズレていると自覚さえする私には、余りにも急速に進化し続ける現代は、鶴田浩二の歌ではありませんが、住みにくい世の中になった」ものでございます。鶴田浩二の歌を知っている私は相当古いです(大笑い)

「日焼けした 私の顔を 見た友人 お元気そうでと お世辞の言葉」

 「3年間 お世話になった 麦わらの 帽子天辺 青空天井」

 「見すぼらしい 被らないでと 妻が言う 通気がいいと 理由をつけて」

 「古いねえ 勿体ないと いう心 鶴田浩二を 知ってる世代」

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人間牧場

〇次の里山保全作戦(その2)

 緑のダムとか緑の保全といわれ、戦後日本の各地で進んだ杉や桧といった針葉樹を植林した森の、50年を超すような大きな立木に育って森をなしているというのに、最近の大雨で土砂もろとも崩れている姿を、よく見かけるようになりました。崩れている場所をよ~く見ると、杉や桧の根はそんなに地中深く岩を割って、食い込んでいないことに驚かされます。地滑りに強いと言われていた竹も意外と表面で細根が絡んでいるものの、今回の大雨の土砂崩れ現場でも、竹藪が犠牲に遭っていました。ところが同じ針葉樹の松の木は離島の水もないような岩肌に深く食い込んで、白砂青松の景観を作っていることに驚きますが、クヌギなどの落葉雑木林も国土の保全には必要だと言われています。

3年前に10本から始めたクヌギの植林
順調に育っているクヌギの木

 カブト虫を飼い始めてから、そのことに少しずつ気づき、里山保全や水資源、土砂崩れ防止、動植物の循環型自然を再生する活動が必要であると思うになり始めています。ミカン園の防風林として植えていた杉の木が残って景観をなしている人間牧場に3年前、初めて10本のクヌギの木の苗木を植えました。この苗木は近くに住む友人の大野さんが、ドングリから芽を出させて育てたものをいただきダメ元で植え、2本は枯れましたが、8本は根を張って太り始めています。息子はそのことに気を良くしたのか、母がみかんを作っていたものの放任園となっている駄馬の畑を開墾して、クヌギの森を作ろうと、大袈裟にも里山保全を思いつきました。

 早速駄馬の荒れた畑の下見を行い、この秋ごろから草や雑木を取り除く作業を思いついています。200本が目標ですがとりあえず、100本の苗木を確保したり、今年の秋には近所のクヌギの木の下でドングリの実を拾い集め、種を蒔くことから始めようと思っています。妻は私と息子のこんな他愛のない話を小耳を挟み、「お父さん、自分の歳は幾つだと思っているの?。10年経ったら83歳になるのよ。ドングリを蒔いて芽を出させるなどそん夢みたいなことを・・・」と笑っていますが、まさに夢物語です。でもこんなささやかな余り金のかからない夢に親子で挑戦するのも悪くはないことだと、バカみたいなことに真顔で取り組んでいます。アッハッハです。(大笑い)

「大袈裟な 里山保全 ホラ吹いて 親子真剣 妻に笑われ」

 「10年後 歳を考え 首傾げ それでも親子 夢を追いかけ」

 「バカ親子 また始まった 呆れ顔 私を巻き込む やめてと妻に」

 「わら一本 クヌギ一本 革命だ 小さなことを 一人二人と」

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人間牧場

〇赤錆びた線路

西日本を襲った集中豪雨で、予讃線海岸周りの線路にも甚大な被害が出て列車が不通となり、間もなく一ヶ月を迎えようとしています。列車が動いていた時は慣れて気づかなかった列車の存在ですが、動かなくなるとそれはもう大変で、JR四国は代替バスを走らせてはいるものの、高校生を持つ親などは、その不便さの中で朝晩伊予市駅まで子どもを送迎しなければならず、夏休み中とはいいながら、部活の子ども対応に忙しい日々を送っているようです。昨日所用でJR上灘駅へ行きましたが、列車の走らない鉄道線路はまだ1ヶ月だというのに赤錆が出て胸が詰まる思いがしました。一日も早い復旧が望まれます。

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人間牧場

〇ミョウガの話

 わが家の裏には自然に生えたミョウガ畑が3か所あります。先日の台風12号の残してくれたお湿りで、ミョウガがボチボチ出始めました。緑濃い胸ほどもある葉っぱをかき分けて、白い乳白色の花を咲かせているミョウガを採りますが、ミョウガの下は昼なお暗い場所で、マムシの隠れ家には絶好の場所らしく、時々ミョウガ採りをしていてマムシに噛まれた話を聞くので、長い棒を使ったり手袋をはめたりして注意をしています。

ミョウガの美味しい季節です

 ミョウガはスーパーへ行けば年中出回っていますが、路地物は稲の穂が出揃うこの時期でないと食べれないので、主に薬味用に使っています。先日ミョウガの話をブログに書いたところ、友人の久保さんが、ミョウガの逸話を書き込んでくれました。ある程度は知っていた話しながら詳しい博学に感心したので、書き残したいと思い要らなくなった封筒の裏にメモをしたので、ワードプレスブログに再掲しました。

~仏教の逸話~
 「お釈迦様の信徒に物覚えの悪い弟子がいて、教えてもらった端から忘れて、時には自分の名前すら忘れる有様です。しかしの弟子は物覚えが悪いものの真面目に教えを守り、修行に励むことでついに悟りの境地に達しました。自分の名前を忘れぬよう、大きな名札を背負って修行したことから「茗荷」の字名をいただくことになりました。死後遺骸埋葬した地面から見慣れぬ芳香のする草が生えてきたそうです。それがえもいわれる芳香のする草で、茗荷の墓から生まれた草ということで、その草も「茗荷」と言われるようになった」というお話です。

 ミョウガは「親に似ぬ子はミョウガの子」とか、「ミョウガを食べ過ぎると物忘れがひどくなる」と言われていますが、それぞれに逸話があるものです。また一つ利口になりましたが、知った知識もすぐに忘れてしまうのが人間の常で、「あれ覚えてる?」と聞けば、「ミョウガを食べ過ぎて忘れてしまった」と、自分の記憶減退をミョウガのせいにしたりするのも面白い話ですが、これからは「茗荷」和尚さんのことを思い出しながら味わいたいと思っています。ちなみにわが家の昨日の夕食はそうめんの薬味にミョウガ、今日はミョウガの天ぷらのようです。ミョウガのせいにして益々忘れ状が良くなるようです。

「わがブログ ミョウガのことを 書きました 友人逸話 書き込み教え」

 「仏教の 話知っては いたものの さすが博学 ブログのお陰」

 「昨日薬味 今日は天ぷら 立て続け ミョウガ三昧 物忘れひどく」

 「ミョウガには ポリフェノールも 含まれて 目にいいそうだ 食べよ食べよう」

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人間牧場

◯小さな善行

今朝車で海岸国道を人間牧場にむかって走っていると、亀の森付近の歩道で一人黙々と路側帯の草を引いている男性が目に留まりました。元漁師のNさんでした。誰に勧められた訳でもなくやっている小さな善行を見てすっかり嬉しくなりました。世知辛いこんな時代でも温かい心を持った町民がいるのです。昨日の夕方、夕日を見に行ったついでに、私も及ばずながら灘町海岸に出て、少しですが、ゴミを拾い集めました。今度の日曜日には双海町でトライアスロン大会が行われます。少しでも綺麗な町にしてお客様を迎えたいものです。双海町はいい町です。

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人間牧場

〇台風の痕跡と行方

 地球は自転しているので、天気の移り変わりは「西から東へ」は常識です。故に台風も「西から北へ、北から東へ」が常識なはずなのに、今回の台風12号は東から西へ、西から南へ」とやりたい放題の悪態を経て、弱った勢力を再び少しだけ強めて抵抗し、自分の間違いに気がついたのか、鹿児島沖の海上で一回りして中国大陸へ向かいそうな雲行きです。

台風12号の痕跡と行方

台風が近づくと誰もがその方向と予報円、そして勢力と速度に一喜一憂しながら気にして過ごします。台風が鹿児島付近にあるのに台風12号の行方など、飽きやすい国民にはもう過去のものとなって、誰もが見向きもしないようです。インターネットにアップされる台風情報は、台風が熱帯低気圧から台風になった時から、台風が温帯低気圧になるまで記録し続けられますが、温帯低気圧になった途端、天気予報から完全に消えてなくなります。

 余程ことがない限り台風の通った痕跡は永久に自分の目では見ることが出来上がりないので、私は記録のつもりでその様子をシェアーしています。意味もないことだと分かっていますが、これも記録しないと記憶に残らないので、今回は東から西に辿った12号の痕跡をアップしておきます。多分来年のこの頃、8月1日の台風の痕跡を、「去年は珍しい台風が来たなあ」と、感慨深げに自分のブログ記事を呼び出して読み返すことでしょう。

「もはや過去 殆どの人 忘れてる 台風痕跡 記録し記憶」

 「自転する 地球じゃ 常識 西から東 非常識もある」

 「低気圧 熱帯台風雨 温帯で 台風情報 姿消すゆえ」

 「来年の この頃あれこれ 思いつつ 記録呼び出し 記憶呼び出す」

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人間牧場

〇ミョウガの収穫

 大雨の後3週間ほど雨が降らず、畑はまるで砂漠のように乾ききって、一雨欲しいと思っていたところへ、待望しない台風12号がやって来て、東から西へ異例のコースで日本列島を駆け抜けました。二次災害を起こすほどの雨ではなかったため、雨は地上に適当なお湿りをもたらし去りましたが、鹿児島県沖で迷走する台風はどうやら今後西に向かって進むようです。

顔を出し始めたミョウガ
ミョウガの色は綺麗です

 この湿りで庭の隅に自生しているミョウガの、濃い緑色の葉っぱの根元をよく見ると、乳白色の花をつけたミョウガが生え見え始めました。何個か取ってみましたが、よ~く見るとあちらこちらに生えていて、一度に食べきれるほど収穫しました。外の清水口で綺麗に水洗いして妻に渡しましたが、「あら珍しい、もうそんな時期ねえ」と納得していました。

今はハウス技術が進んで、ミョウガは年中スーパーの店頭に並んでいます。それらの殆どはお隣高知県産ですが、 これから少しの間は地元産路地物が出回ります。ミョウガは名脇役で、そうめんの薬味や、鱧料理の添え物として使ったり、時にはてんぷらにして味わったりしますが、独特の風味はやはり大人の味といったところでしょう。

わが家では最盛期になるとミョウガを水洗いして水を切り、広口瓶に入れてその上から沸騰させた2杯酢をかけて粗熱を取り、蓋をして2~3日置くと、らっきょうに似たシャキシャキ食感の酢漬けが出来上がります。夏の暑い時期なので日持ちは余りしませんが、冷蔵庫で保管すると2~3週間は十分楽しめます。ミョウガのポリフェノールが酢に溶け出して、綺麗な桜色の漬物となりますが、お寿司の添え物、お茶漬けのお供には最高です。

「台風の 思わぬお湿り いただいて ミョウガの茎の 下にミョウガが」

 「昔から 親に似ぬのは ミョウガの子 言われる通り 似ても似つかぬ」

 「収穫の ミョウガ清水で 水洗い 妻は早速 料理添え物」

 「わが家では ミョウガの酢漬け 今年も ポリフェノールの 色も鮮やか」

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