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〇東予地方局訪問

 昨日は愛媛県立新居浜新居浜特別支援学校川西分校へ講演に出かけた帰り道チョイ寄りで、東予地方局馬越局長さんを訪ねました。地方局では一番偉い人なので、1階受付で名刺を差し出し面会希望を告げましたが、アポイントを取っていなかったものの、運よく在庁だったので局長室でお会いすることができました。

久しぶりにお会いした東予地方局馬越局長さん

 馬越局長さんとはお互い夢工房というグループに所属し、若い頃から深い交遊をしていますが、今年の春から東予地方局長に就任していて、私のような無位無官な名もなき田舎者が、アポイントも取らずに面会を申し込むなど、失礼も甚だしいと思いましたが、温かく迎えていただき、久し振りに二人だけで世間話に花を咲かせました。

 4階の局長室を出て、エレベーターで教育事務所のある6階へ上がり、社会教育課に立寄りました。突然の訪問に課長さんたちも驚いた様子でしたが、2月2日に迫った地域教育東予ブロック集会でのあいさつ依頼など、渡りに船の手合いでお話をしました。そうか!!お粗末ながらすっかり忘れていましたが、私は地域教育実践ネットワークえひめの代表でした。東予ブロック集会は高校生が主役です。2月1日が南予ブロック、2月15日が中予ブロックと、忙しい日々が続きます。是非ご参加を・・・・。

「チョイ寄りで 道中途中 友人の 元気活躍 様子窺う」

「アポもなし 大変失礼 したけれど 無名な私 逢うことできて」

「出張の ついでに プラスワン狙う 若い頃から 変わらぬ行動」

「課長から 渡りに船と あいさつを 頼まれました 訳も分からず」 

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人間牧場

〇ハーモニカのリクエスト

 先日NHKBSテレビのアーカイブスで、昨年放送された、「鉄道旅」という番組で、私が夕日に向かってハーモニカを吹く姿が再々放送をされましたが、番組を見たという人が全国には沢山いて、年賀状の添え書きにも、「夕日に向かってハーモニカを吹く姿が印象的でした」と沢山コメントされていました。

そんなこともあって、最近はハーモニカのリクエストが増えて、下手糞ながら時々出かける講演の中で、請われるまま下手糞ながら吹いています。先日南海放送ラジオのスタジオ収録の折にも、ディレクターの檜垣さんという女性から、「ハーモニカを吹いて欲しい」と依頼があり、憶目もなく吹いてしまったので、1月25日午後4時からの放送には、メロディーが流れるものと思われます。

はてさて、私は子どもの頃は音楽が大の苦手で、通知表の評点はいつも2~3止まりででした。これもNHKの「日本列島1万2千キロの旅」というでJR下灘駅が紹介された折、私と出演した関口さんという芸人さんが、私のハーモニカに合わせて、ナレーションをしてくれました。またこれもNHKラジオ番組「ラジオ深夜便・こころの時代」で、二夜連続してハーモニカを吹いているのです。

今も時々懐かしみながら、人のいない時を選んで思いつくまま、ハーモニカを吹いて楽しんでいます。いつまで経ってもハーモニカの腕は上がりませんが、それでも音楽と余りご縁のない私ながら、ハーモニカが趣味の端くれとして、暮らしに彩りを添えています。全国の小学校からハーモニカが消えて久しくなりましたが、ハーモニカは日本の風土によく合う楽器だとしみじみ思いながら、昨日も吹いてみました。今日も気になるカバンに忍ばせて、小さな旅に出かけます。

「あれやこれ テレビやラジオ 出る度に ハーモニカ吹く 機会も多く」

「音楽の 通知表には 2と3が 程度の低さ 自分で納得」

「先日も ラジオ番組 収録に リクエストあり 吹いてみました」

「何でだろう? 日本の学校 ハーモニカ 捨ててしまって 少し寂しい」

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〇落ち葉集め

 冬場のこの季節は寒くて億劫なため、また草丈もそれほど伸びないので、菜園や果樹園での作業が滞りがちですが、本当はこの時期にこそ剪定や土起こしなど、春を迎える準備をしなければならないのです。昨年秋、カブトムシの幼虫を育てている落ち葉スタッカーの底からモグラが進入し、カブト虫の幼虫が食べられる被害に遭いました。息子は親友の久保さんの協力を得て、長年貯め込んだ落ち葉でできた腐葉土を全て取り出していて、ストッカーの底に金網を敷いて、モグラの侵入を阻止する計画のようですが、このところあれやこれやと忙しく、私に誘いの手を伸ばしてきました。

落ち葉を拾い集める浜田さん

満杯になった落ち葉ストッカー

私もそれどころではなく相変わらず忙しい日々ですが、昨日は午後から親友浜田さんの協力を得て、二人で息子が昨晩ホームセンターから買って帰った金網2枚を、柔らかい電線を使って合わせ縫いし、ストッカーの下に敷く作業と落ち葉集め作業をしました。軽四トラックの荷台側面に分厚いベニヤ板を立て、人間牧場に通じる下浜からの狭い道の路側に風で吹き溜まった落ち葉を、キャリーを使って寄せ集め、荷台に積んで人間牧場へ運び、ストッカーに投入するのですが、これが中々手間のいる作業で、2回往復して何とか一杯になりました。

多分一雨降れば落ち葉は沈み込むので、もう一回落ち葉を拾い集めてさらに上積みし、その上に豚分を入れて、カブト虫の餌となる腐葉土を作ろうと思っています。肝心の主役である息子は、相変わらず口を出すばかりで手を出さず、結局は浜田さんや私の手を借りる羽目になっています。息子は昨晩も遅く帰り、今朝も早く起きて映画会の打ち合わせに出かけたようです。出かける間際、私が落ち葉集めの合間にタブレットで撮った写真を見ながら、満足の様子でした。いつの間にか息子の口車に乗って、どこか可笑しい本末転倒な私自身の姿に呆れ返っています。

「親バカか バカ親なのか 分からぬが いつの間にやら 息子巧みに」

「親友の 手助け借りて ストッカー 底に金網 モグラ対策」

「金網を 張ってその上 沢山の 拾い集めた 落ち葉投入」

「里山を 守る運動 緒についた これから先が 思いやられる」

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◯翠小学校に来ています

今日は第6回目の子ども体験塾で、翠小学校へ来ています。今日のプログラムはジュニアリーダー企画の「逃走中」「気配斬り」で、子どもたちと思いきり遊びます。

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〇ウォーキング途中に見つけた石垣の景観

 朝夕のウォーキングを始めて、早いもので15年になりました。最初は闇雲に一日1万歩をめざして歩数を増やすため、ただただひたすら歩いていました。ところがつい最近、自分の心にゆとりができたのか、視界に入るものが多くなり、今まで見ているはずなのに気づかなかったあれやこれやが目立つようになってきました。

例えば上灘川河口にある上灘漁港の突堤を歩くと、コンクリートの上に、白い糞が沢山落ちているのに気が付きました。カモメには大型のウミネコ系と少し小さいユリカモメ系の2種類が混住していて、海に食べ物の少ないこの時期になると、カモメたちは港付近にやって来るのです。鳥たちは外敵に敏感で、鳥目という言葉通り夜は目が不自由で飛ばないのかと思えば、私の姿を察知して結構飛び立っているようです。

野面積の石垣

 双海中学校すぐ横に農道が通っていますが、農道に面した石垣もとても立派です。石の積み方に詳しくない私ですが、この積み方は野面積という工法のようです。戦後学制改革でこの場所に上灘中学校が出来た折積んだものと思われますが、今だとコンクリート仕上げが普通の工法でしょうが、当時はこんな工法で石を積んだ石工さんが地元にいたのですから驚きです。

 

矢羽積の石垣

 学校関係者も、勿論この学校を卒業した方々の中には、この石積みの価値に気が付いていない人もいるのではないでしょうか。近くの畑で矢羽積の石垣を見つけました。野面積同様多分半世紀以上、崩れることもなく構造物や畑をしっかりと守り続けているのです。石積みは自然に近い形で保水や排水を実に理にかなった自然体でやっているのです。コンクリートやアスファルトが万能だった戦後の土木事業を、これほど自然災害が頻発する現代こそ、もう一度見直す必要があるのではないでしょうか。

「ウォーキング 途中に見える あれやこれ 今まで何で 気づかなかった」

「突堤に 無数の白い うんこ見る カモメザワザワ 今では住処」

「学校の 農道面した 石垣は 野面積だが 価値ある一品」

「石垣は 先人の知恵 排水も 自然にできて コンクリより上

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◯私のウォーキングコース(その2)

 私のウォーキングコースの主流は、双海中学校を中心にした上灘川沿いの仲の宮から上灘漁港までの片道2キロ程度です。県道には広い歩道がありますが、北風鮮魚加工場辺りから漁港までは歩道がないため、剣道裏手の上灘川にかかった小さい橋を渡って農道を歩きます。故にこのコースもすこぶる安全です。

 上灘川には鯉が泳いでいたり、合鴨の家族もいたり、また長い鉄橋をガタゴトと音を立てて走る列車も見えて、なかなか風流です。海岸国道の向こうには上灘漁港があり、突堤を歩くと町のシンボル本尊山や、港の赤い灯台、停泊した漁船も見えて、まるで田舎を描いた絵のような風情です。往復4キロの私だけのウォーキングコースを、毎日飽きもせず歩き、出会う人たちとあいさつや言葉を交わしています。この町に生き、この町で暮らしているという実感です。

体力づくりを目的としているため、今朝も少し急ぎ足で1時間ばかり歩きましたが、歩きながら色々なことを考えるのもおつなもので、多分私の思考回路はウォーキング中に脳を活性化させているのです。テレパシーという言葉がありますが、私の発想は私の名前を使えばまさにシンパシーなのです。

「毎日の ように歩いて 見る風景 変化重ねて 春夏秋冬」

「歩きつつ 思考回路を 働かせ シンパシーなる 発想浮かぶ」

「この川の 流れる水は 海注ぐ 再び雨と なって循環」

「足腰も まだ丈夫にて 歩ける幸せ 噛みしめながら」

 

 

 

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〇大学の先生たちが調査にやって来ました

 昨日は午後からあいにくの雨が降り出しましたが、年輪塾の松本子番頭さんの口利きで、大学の先生たち3人と全国町村会の職員2人が、双海町へ調査にやって来ました。午後3時ころから支所の応接室をお借りして、まちづくりについて聞かれるままに、表話や裏話を佐礼谷の北岡さんも混じえて、お話しをさせてもらい、その後わが家の海の資料館海舟館にチョイ寄りしてもらいました。

宮口先生たちを囲んでの食談会

その後翠小学校前の料理店翠笑に場を移し、夕食を兼ねた食談会が開かれ、私もお酒を飲めないながらも同席をさせてもらいました。全国町村会の調査で久しぶりに来られた宮口先生も、少し足は不自由ながらお元気そうで、現在は富山に住んでいるようで、旧交を温めながら積もる話を沢山することができました。

長年社会教育や地域づくりの世界に身を置いていると、色々な学者さんと出会い交流を重ねながら、時流に沿った教えを乞うてきましたが、既に鬼門に入っている人も何人かいるものの、実践派を自称する私のような田舎者にも先生たちは、対等な立場で接して導いてもらうのですから、こんな嬉しいことはありません。翠笑で2時間ほど楽しいひと時を過ごし、一行はマイクロバスタクシーで雨の中を宇和島へ向かわれました。私は軽四トラックで松本さんを乗せ、帰路に就きました。意義ある楽し出会いの一日でした。

「大学の 先生3人 やって来た 聞かれるままに 想いを話す」

「手指では 数えきれない 大学の 先生たちの 導き受けて」

「わが家にも チョイ寄り見学 海舟館 短いながら 興味深々」

「食材の 美味さ抜群 舌鼓 美味いうまいと 言いつつ食べる」 

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人間牧場

〇舞たうん143号届く

 三日ほど前、愛媛地域政策研究センターから舞たうん143号が手元に届きました。私も連載寄稿しているので、柳原あやこさんの表紙絵を見ながらページをめくりました。今号の編集担当した砥部町からセンターへ出向している上本研究員は、「はじめに」で特集のテーマ「田舎の田舎で育ち、暮らす選択」について、「今号では、『田舎の田舎で育ち、暮らす選択』と題して、各地で展開される過疎地の強みを生かし、楽しみながら持続可能な地域社会に繋がる取り組みを紹介することで、人口減少社会を迎えている日本の中で、田舎の田舎(過疎地)の進むべき姿について考える機会を提供します」と述べています。

 アングルでは、持続可能な地域社会総合研究所の藤山所長さんの「田舎に田舎から持続可能な未来へ、~循環型社会への先着~」、特集/田舎の田舎で育ち暮らす選択、~田園回帰・循環型社会・コミュニティの再構築~」では7事例など、読み応えのある記事が載っていました。さて私の連載記事は「特選ブログ/shin-1さんの日記、田舎嘆きの10ヶ条から田舎楽しみの10ヶ条へ」というタイトルで書いています。元々の出所は、2000年末に刊行した「昇る夕日でまちづくり」という自著本に書いた記事なのです。当時は少しショッキングでしたが、あれから早くも30年が経っているのですから驚きです

 自分という人間の単位は人間誰しも1ですが、日本全体では1億2618万人分の1、愛媛県では134万分の1、伊予市では3万5千人分の1、双海町では3429人分の1、日本の中心東京じゃ1394万分の1、一人の濃度は様々ですが、自分の行動が確実に地域のコミュニティに影響を与え、それが生きているという実感と直結する、これはとてつもなく大きな田舎に生きる価値なのです。振り返ればこの田舎嘆きの10ヶ条の問いかけが、双海町のまちづくりの原点だったように思うのです。公麿ではありませんが、あれから30年・・・です。時の流れは早いですね~え。

 

 

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〇初春水仙まつりも無事終わりました

 冬のイベントは気温が低く、冷たくて中々大変です。ましてや昨日のように雨を伴うと最悪で、人出を当て込んで売り物や食べ物を準備すると、儲けるどころか余って処分に困ることだってあるので注意が必要です。

 昨日までの2日間ふたみシーサイド公園で初春水仙まつりが行われました。初日は風もなく冬とは思えぬ穏やかな日和でしたが2日目は一転、一日中雨の降るあいにくの天気となりましたが、予定していたダイガラ餅つきは準備をしていたので中止することもできず、天を見上げながら準備を進めました。

 幸い雨が小康状態だったため、屋外で実行することにしました。昨日は白餅、みかん餅、ヨモギ餅の3臼でしたが、松本、大森、浜田、米湊、それに私が加わるいつものメンバーで、1時間ほどでつき上げ、ついたお餅は全て完売という離れ業をやりました。

 餅つきの後片付けが終わると、ぜんざいが振舞われ、つきたてのお餅を焼いて入れた美味しいぜんざいで心も体もほっこりしました。この2日間、水仙まつりの会場で町外からやって来た懐かしい人たちに沢山出会い、会話を交わしました。地域づくりに深く関わったり、講演などで知り合った人の数は数え切れず、この人儲けこそ私の財産なのです。

 これからも、時間と体の許す限りボランティア活動に精を出し、恩返しをしようと思っています。ある人が、「双海に行ったら若松さんに会うのが楽しみでと思って来ました」と嬉しい言葉をかけてくれました。そんな知人や友人がいて幸せです。

「二日間 餅つき手伝い ボランティア いつものように 仲間が揃い」

「あいにくの 天気でしたが 雨止んで ダイガラ餅つき 何とか無事に」

「ついた餅 長蛇の列出来 完売で ホッと一息 賄いぜんざい」

「イベントの 会場来た人 声かけて 旧交温め 出会いの約束」

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〇鉢巻き姿はやる気です

 私は若い頃水産高校漁業科を卒業してから7年間、家業であった漁業を継ぎ、若吉丸の船長として漁師をしました。当時の漁師の出で立ちはゴムの合羽にゴム長靴、それに頭は何故かタオルで鉢巻きを締めていました。

鉢巻き姿の私

そんな記憶が懐かしいのか、毎年餅つきとなる鉢巻き姿を思い出して、タオルで鉢巻きをするのです。昨日は水仙まつりのイベントがあり、ダイガラ餅つきの手臼を頼まれたので、好みのタオルで鉢巻きをして臨みました。

 私が子どもの頃は、鉢巻をして仕事をするお百姓さんや漁師さんをあちこちで見かけたものですが、作業帽が普及してからはいつの間にか姿を消したため、私が鉢巻をして登場すると、「やる気だね」とか「格好いい」とか言われました。また何人かの人から「写真に撮らせて」と頼まれ、別に顔がいい訳でもないのに請われるまま、「ハイポーズ」でした。

 高校生が駅伝を走るのに鉢巻きをしめたり、受験勉強や政治家の選挙戦など、少なくはなったとはいえ、鉢巻き姿はどこかキリリとして、「腕により、頭にねじり鉢巻き」は、やっている自分もそうですが、周りの人に良い印象を与えるようです。さあ今日も鉢巻きをしめ張り切ってやりましょう。「ファイト・一~発!!」です。単純ですね。

「餅つきの 手臼頼まれ 鉢巻を しめてみました 昔懐かし」

「そういえば 鉢巻している 人見えず 高校駅伝 選挙くらいだ」

「格好いい 誉められその気 なり写真 インスタ映えの 古風演出」

「鉢巻きは やる気に見える した私 勿論やる気 今日もやります」

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