人間牧場

〇祭りの後の後の祭り

 遅い大洲地方の秋祭りを残して、県内の殆どの地方祭が終わりました。今年は地方祭と国体や身障者スポーツ大会が重なり、例年になく県内が活気に満ち溢れていましたが、秋の長雨や二度の台風接近で気を揉んだ人たちも大勢いたようです。私たちの地方祭は10月23日でした。ところが長雨と台風接近で神社境内や辻々の幟も立てられず、大人神輿や獅子舞は出たものの、宵宮と祭り当日町内を練る子ども神輿は、安全上の理由から早々と中止が決定し、楽しみにしていた子どもたちにとっては、学校が休みだっただけに寂しい祭りとなりました。

 私たちが子どもの頃はお祭り、お節句、お盆、お正月は4大年中行事で、それは賑やかでした。また同じ町内でも下灘は20日、上灘は23日だったため、親類や知人友人が呼ばれたり呼んだりしながら交游していました。祭りの前日両親と妻は、朝早くからお祭りのおご馳走の準備のため夜遅くまで働いていました。わが家は鯛網の漁師だったため、料理はもっぱら魚中心で、自分の船で漁獲した沢山の鯛が用意され、親父は自慢の腕で鯛の活け造りを作り、大きな皿の上に盛り付け、漆塗りの立派な双輪台の上に飾って座敷に置きました。

 やがて昼頃になると着飾った親類や知人友人が入れ代わり立ち代わりやって来て、飲酒を伴った無礼講の宴会は深夜まで延々と続きました。勿論子どもたちも神輿守をしたり、神社の山門に構えた出店で、貰った小遣い小銭をポケットで握りしめ、他愛のない綿菓子やくじなど買い求めて楽しんでいましたが、今となってはそうした風習や遊びも消えて、寂しい田舎の風景だけが残っているようです。来年は台風のいたずらで中止になった神輿だけでも孫たちに、担がせてやりたいものです。

「今年は 遅い台風 やって来て 幟と神輿 見ることもなく」

  「お祭りは 人を呼んだり 呼ばれたり 交遊楽しく 無礼講にて」

  「座敷中 鯛の料理が 並べられ それは見事な お祭りでした」

  「歳のせい 昔はよかった 言うけれど 本当に昔は よかったですよ」

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