shin-1さんの日記

○欠席して見えてくるもの

 「あなたが参加していると思って参加したのに顔が見えず寂しく思いました」と、昨日何人かの人からメールをいただきました。そうなんです。実はこの20年余り、必ず出席していたえひめ地域づくり研究会議主催の年次フォーラムに初めて欠席しました。というのも例年この年次フォーラムは、20日前後に開かれるため1月23日の予定をを空けていました。ところが12月私に届いたフォーラムの案内状には、一週間後の1月30日となっていました。1月23日にフロンティアグループの総会を入れ、1月30日は広島県三次市川西地区への講演が入っていたので、断ることもできずやむなく欠席してしまいました。

 昨年度末でえひめ値域づくり研究会議の代表運営委員も降りたため、強制的に行く理由もなくなりましたが、少し気になりながらの欠席でした。案の定常連として名前と顔を連ねていた私でも、何人かの人は寂しく思っていてくれたのです。まあこれも時代の流れと諦めて、新しい生き方をするのが私の運命の切り開き方なので、その辺について考えをメールをいただいた人に返信しておきました。

若松進一ブログ

 今回のフォーラムには事例発表があって、わが年輪塾も発表依頼がありましたが、論客である塾頭の清水さんにお願いして何とかなりました。フォーラムの模様は昨日の愛媛新聞で、発表の様子は明くる日清水さんからそれぞれ報告がありましたが、モノレールに挟まれて足を大怪我した伊方町三崎の塩崎さんも欠席したようで、年輪塾生兼頭一司さんの発表が聞けなかったのだけが少し心残りでした。

 えひめ値域づくり研究会議の代表を降りてホッとしたことがあります。それは組織の若返りです。請われるままに代表を続けて20年、組織はいつの間にか私やその人たちの色に染まっていました。何度かそのことを訴え辞任の意向を示しても組織は楽な安心と安全を選ぶのです。辞めて見えてくるものはいっぱいありますが、やはり組織に新しい風を起さねばなりません。むしろこれからも未練がましく顔を出すのは止めた方がいいのではないかとも思っています。そうすることが次を育て新しい風起こしにつながるのです。


 私が気がかりな組織に21世紀えひめニューフロンティアグループという小さなグループがあります。結成以来25年も経っているのに壊れもせず残っています。かつては愛媛県で最も輝いていた時期がありました。私が仲間とともに作った団体ですから、自分が代表となって20年間ありとあらゆる知恵を使って一生懸命リードしてきました。町の教育長に就任したため2年余り代表を辞していましたが、フリーになったのを機に再び代表に返り咲きました。私は無人島キャンプなどのプログラムを人間牧場へ置き替えてそれなりに輝いているのですが、グループのメンバーと代表の私の温度差があり過ぎて多少の戸惑いと不安を抱えているのです。

 フロンティアグループの精神は人間牧場にしっかりと根付いているのですから、どういうことはないのですが、少しだけ首をひねりながら将来のあるべき姿を摸索しているのです。


  「欠席を  して見えてくる ことありて 拳拳服膺 肝に銘じる」

  「欠席し 顔が見えぬと メール来る 欠席しても かえって目立ち」

  「川島が 歌った歌を 思い出す ♭時代遅れの♪ 口ずさみつつ」

  「人は皆 同じ運命 辿るもの どこかで気づき  どこかで終る」

 


 

 

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shin-1さんの日記

○外に出てわが町を知る

 自分の町から外に出て旅の途中に、何気なく手にしたパンフレットや、壁に貼ってあるポスターを見て驚いたことが何度かあります。パンフレットやポスターの写真に見覚えがあるからです。先日環境省の仕事で三重県御浜町へ行く途中、トイレ休憩と昼食のために立ち寄った高速道路のサービスエリアで、同行した環境省の職員が一枚のチラシを見つけ、私に「双海町の恋人岬が載っています」と渡してくれました。

 そのタブロイド版8ページ立てのチラシは恋人の聖地を特集したもので、全国の恋人の聖地が紹介されていて、恋人の聖地の選定にかかわった桂由美さんと假屋崎省吾さんからのメッセージが特集されていました。さすがに首都圏にある街でもない田舎町の双海町は、写真の隅に百選に選ばれている伊予灘サービスエリアとともに言い訳程度の掲載なのですが、特にシーサイド公園の写真は手前味噌ながら、「行ってみたい」と思うような一枚で、その存在感を示していました。

若松進一ブログ
(左隅に小さな写真が載っているだけなのに・・・・)

 この写真は、かつて私が恋人岬を発想し整備したモニュメントの穴に夕日がスッポリ入った印象的な一枚で、夕日夕やけフォトコンテストで特選に輝いた一枚なのです。写真一枚がどれほどの主張をするかは、広報や観光に長く携わった私には痛いほど分るので、ある意味「中々いい写真じゃない」と少し鼻を高くしました。車内では暫くはこの話で持ちきりとなり、沢山の裏話を饒舌に話しました。

 偶然でしょうか何年か前、これと同じような体験を紀州和歌山へ講演に行く途中の列車の中で体験したことがあるのです。列車に乗れば吊革付近に色々な吊り広告が目に止まります。その中に一枚列車のダイヤ改正に伴なう時刻表広告が載っていました。その横に青春18きっぷのキャンペーンポスターが貼ってありました。何とその時刻表裏表紙とポスターに見覚えのある下灘駅の写真が使われていました。

 とっさに立ち上がりそのポスターをまじまじと見ながら、傍に座っている田舎のおじさんやおばさんに、「この写真の駅は私の町の日本で一番海に近い下灘駅です」と、聞かれもしないのに自慢タラタラ話をしました。ふと我に返って赤面したことが懐かしく蘇ってきました。

 こんな風に外に出て自分の町を再発見することがたまにありますが、何となく気分がいいもので、帰りにわざわざ和歌山駅に降りて駅員さんに、「あのポスターをはがして不要になったら送ってくださいませんか」と交渉し、1ヶ月後送ってもらったポスターは、私の大切な宝物として額に入れ人間牧場へ運んで、全国から来た人に見せているのです。

 「ふるさとを輝かせたい」、そんな思いで様々な仕掛けを仕組んだ昔が懐かしく思い出される今日この頃です。


  「立ち寄った サービスエリアで 見たチラシ わが町堂々  載ってて嬉し」

  「そういえば 何年か前 列車にて わが町見つけ 興奮したっけ」

  「わが町を 輝かせたい 一心で  色々仕掛け 昔懐かし」

  「ふるさとは 遠くにありて 思うもの そうかも知れぬ 納得しつつ」


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