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○今月のメッセージ

 北海道での講演旅行から帰って10日間が経ちました。ブログにそのもい出を書きながら訪ねた町、出会った人を思い出しつつやっと名刺や資料の整理を終えました。美幌町観光ボランティアガイドの会のホッとあいず三浦さんからは、相変わらず薀蓄のある多少長めのメールが届いています。そのメールで私の弱点だったパソコン技術が、少しレベルアップしそうな気もしますが、相変わらず忙しくてまだチャレンジすることができず、気になっているところです。


 津別で出会ったオホーツク寒気団のメンバーに上杉さんという役場職員がいました。交流会の別れ際「今月のメッセージ」と書かれた一枚の紙を渡されました。「縁がつなぐまちづくり講演」というタイトルでこの文章に私のことが書かれているのです。右上にN060 平成21年3月1日と書かれているので、察するに毎月このような文章を書いているのだろうと思われるのです。

 私が前回大雪酷寒の美幌町を訪問して講演したのは2月23日でした。その降り私の話を聞いた上杉さんは私の話しを聞いた感想を書いてくれているのです。重要なポイントと思われる所は黒いゴチック文字で書かれていますが赤面の至りだと思いながら読みました。

 私の文章の下にほんの7行程度「到知3月号より「究極の幸せとは」という文章が載っていました。私も常々幸せとは何か」を解いているので興味深く読ませていただきましたので紹介しておきます。

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(上杉さんの今月のメッセージ)

 チョーク業界大手日本理化学工業会長の大山康弘氏が、「知的障害者に導かれたわが経営、わが人生60」を語っている。従業員の7割を知的障害者が占めるだけでも驚きである。知的障害者が人に幸せとは働くことだと気づかせてくれた。企業は儲けることも大事だが、人に喜びを与えられることが大きい。人間の究極の幸せは四つある。愛されること、人に褒められること、人の役に立つこと、人に必要とされること、そして愛されること以外の三つは社会に出て働いてこそ得られるものと光り輝く言葉との出会いである。


 私が考える幸せには、人にしてもらう幸せ、自分でできる幸せ、人にしてあげる幸せの三つだと話していますが、私が思う究極の幸せとは人にして貰う幸せなのです。大山康弘氏が言っている人間の究極の四つの幸せとは多少とらえ方が違いますが、知的障害者が一生懸命生きて働くことは、ある意味人にしてあげる幸せかもしません。 私はある意味健常に生まれました。一生懸命生きている知的障害者から比べると何でもできるのですからもっと究極の幸せ、つまり人のためにしてあげる幸せを求めて行動しなければならないのです。自分のことしか考えない人が多い現代ですが大山康弘氏の言葉は思い言葉だと思うのです。

 そして人の話を聞いたり、本を読んで気がついたことをメモに書きとどめ、こうして活用している上杉さんも立派な生き方だと敬服しました。


  「本を読み 人の話を 聞いたとて 生かさなければ 何の役にも」

  「この人も ポジティブ生きる 術を持つ 人とお見受け 感化を受ける」

  「文章に 自分のことを 書いた人 赤面しつつ 出会い深める」

  「幸せは 一体何か 探しつつ 人生歩む 今日も明日も」

 

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○公民館職員研修会に招かれて

 公民館と言えば私が駆け出しの頃の13年間も務めた場所です。いわば地方公務員として35年間勤めたデビュー職場でした。そしてその職場で日本一の公民館主事を目指して様々な活動を試みて生きてきました。公民館がなければ私の人生もなかったと思うほどに私の人生にとって公民館は大恩人なので、ゆえに公民館から声がかかれば何はさておいて「恩返し」のつもりで馳せ参じるのです。

 昨日は西条市中央公民館の招きで職員研修会に出かけました。西条市には2市2町が合併したこともあって30近くの地区公民館があるそうですが、合併したこの4年余りで画一化が進み、館長・主事さんともに非常勤化を目指して館長・主事2人体制化が進んでいるようです。

 昨日の集会には館長と主事のどちらかが残らなければならず、主に事務職員の女性主事さんが集まっていました。ゆえに余り難しい専門的な話をしても理解されないかもしれないと思い、前半は私がかかわった公民館人生を語り、後半は今の公民館を見ての感想を交えた「ないないづくしの公民館10カ条」について話します。

 
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  ないないづくしの公民館10カ条

 ①一山100円で特徴が見られない公民館

 ②子どもと青年と婦人が集まらない公民館

 ③職員のやる気が感じられない公民館

 ④事業バランスが崩れている公民館

 ⑤金がないし知恵もない公民館

 ⑥公民館運営審議会が機能していない公民館

 ⑦いのちとくらしに役立たない公民館

 ⑧地域の自治能力が向上しない公民館

 ⑨行政に当てにされない公民館

 ⑩未来性がない公民館


 それにしても県内とはいいながら、また対象が違うといいながら同じ街へ二日続けて招かれるのもめずらしいことですが、前日は担当課長さんが知人であること、昨日は公民館が恩人であるゆえの講演となったのです。

 昨日講演が始まる前に館長さんや主事さんと講師控室で雑談をしました。「若松さんのブログを見ると朝4時なんて記録がありますが、一体一日何時間くらい寝るのですか?」と尋ねられました。「朝4時に起きてブログを一本書き、寝る前にまたブログを一本書く、寝るのは12時ころです」と答えると、「エッ、じゃあ一日4時間しか寝ないのですか?、それでよく体が持ちますね」と返ってきました。

 そういえば私の体内時計は役場に入った40年前からこのリズムで変わらす動いていることになるのです。ゆえに一日8時間寝る日本人の標準就寝時間から見ると毎日朝2時間、夜2時間も多く起きて働いている計算になるのです。これに40年をかけると膨大な時間になるのですから驚くと言うほかはないのです。身近な比較はわが妻です。私より毎日4時間も長く寝ているのに、毎日眠たいと寝不足を訴えています。果たして二人の違いは長くも短い人生においてどんな差が生まれるのでしょうか。

 先日「人の睡眠時間」について面白い話を聞きました。あるノーベル学者は私と同じ毎日4時間でした。でもその人は医者でありながら自分の寿命を述べることができず83歳で亡くなっています。近所のある平凡なおじいちゃんは毎日10時間寝て100歳を超えて生きました。年齢的にはノーベル学者の方が短命なのですが、どう生きたかと問われたり、何時間働いたか問われるとどちらとも言えないのです。要は人それぞれなのです。


  「公民館 私にとっては 大恩人 恩返しする 当り前だと」

  「何時間 寝るの?と問われ 四時間と 答え驚き 自分発見」

  「若松さん 寝ないと今に 寝たきりに 言われ驚き 昼寝決め込む」

  「わが妻と 夫婦同床 四十年 だけど毎日 たかが四時間」


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○育児講座「たくましい子どもを育てるために」

 昨日と今日も二日続けて西条市へ出かけます。昨日は西条市総合福祉センターでの育児講座、今日は公民館職員研修会です。このように私の場合は揺り籠から高齢者まで幅広い講演をこなしていますが、昨日の夜も妻が感心しながら「よくもまあ行くところもあるねえ」と感心し、「今日は何の話をするの?」と聞き返してきました。私は「その場に行ってみないと分らない」と答えたのです。そのように私のカンピューターはその場所の雰囲気を感じながら組みたてて話すので、他の人のようにレジメを作ったり、事前に準備をしたりすることが少ないのが悪い癖なのです。「まあいいか」と安易に請け合い。考えもせずに行動する悪い癖は直さなければと思ってはいますが、多分思ってももう治ることはないと思い自分の意志を貫いているのです。

 会場の控室につくなり友人から「今どこ?」と携帯電話が入りました。「西条」と答えると、「エッ、斎場?、誰が亡くなったの?」、私「・・・・・・・・・・」でした。日本語は難しいですね。

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(昨日のチラシ)

 昨日はかつてまちづくりセンターに出向していて、何かとお世話になった國田さんが課長をしている女性児童福祉課内にある西条ファミリーサポートセンターから依頼の育児講座で、玄関先で検診車が検診をしていて多少で遅れしましたが、そのうち満員になるほど沢山の人が集まっていました。

 さてどんな話をしようかと迷いましたが、家庭の変化を主に話そうと思いつれづれなるままに話しました。多分次のようなことを話したのではないかと思うのです。

  家庭の変化

 ①子どもの数が減った

 ②子どもの毎日が忙しくなった

 ③子どもの家庭的な役割がなくなった

 ④子どもの遊びが変わった

 ⑤家庭的感動がなくなった

 ⑥子ども部屋ができた

 ⑦ものとお金が豊かになった

 ⑧消えた仏壇教育

 ⑨父親より母親が強くなった

 ⑩家庭の最大の影響力はテレビになった

 この話題を中心にお話ししました。


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 昨日は参加者の年齢幅が広く、他多焦点を合わせることが難しい感じもしましたが、皆さん笑顔を交えて楽しい集会となりました。ボランティアによる臨時の託児所が隣の部屋に開設されてお母さんたちは安心して学習に励んでいました。講演が終わってお暇するとき参加した多くの参加者から好評をのお声をかけていただきましたし、帰宅後担当の膳課長補佐さんからもアンケートの結果をメールで知らせていただき、ほっと一息ついたところです。何と参加した二人の若いお母さんからも嬉しいメールが届きました。ありがとうございました。


  「何話す? 聞かれるけれど 分らんと 妻に答えて 今日も講演」

  「嬉しいね 良かったですと メール来る 今時ママさん しっかりしてる」

  「子育ては 育児書にない ことばかり 自分流儀で 育てる工夫」

  「西条と 電話で言うと 斎場?と 間違う友に 呆れかえって」

 


 

 

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○人間牧場のメンテナンス

 人間牧場も開設以来5年目を迎えると、そこそこ傷んでメンテナンスが必要になってきました。一番の傷みは何といってもキツツキの被害です。杉板の外壁は材質が柔らかいため、キツツキの恰好の住処と勘違いしたキツツキが、まるで大工さんのドリルやノミのようにガンガン突きまくるのです。お陰で水平線の家とロケーション風呂は満身創痍といった感じで、あちらこちらに無数の穴があいているのです。

 これまでにも何度か穴を修復し、周りに防鳥網を張り巡らしましたが焼け石に水といった感じで一向に対策の効果が出ず、切り張りした外壁が何処か違和感を感じるのです。それでも防鳥網はこれまで10匹ものアカゲラを捕えました。その都度愛鳥精神が頭をもたげて心が痛みましたが、これも人間と野鳥の宿命と思い断腸の思いで捕獲してきたのです。今回もかまど小屋の工事で大工さんが来ているので再度穴をふさぐ工事をして貰いましたが、いつまで持つか心配をしています。

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(作業前のウッドデッキ)

 人間牧場には海に向かって畳25畳もの広いウッドデッキがあります。デッキの端には手すりもないような危険極まりないもので、来た人は一応にそのことを指摘しますが、今まで5年間一度も、また誰ひとり落ちた人はないので、むしろ開放感があってよかったような気もしています。

 このウッドデッキには夏場だけステンレス製のパイプが組まれ、その上に防虫用の蚊帳を張る予定にしていますが、今年はその蚊帳も張ることなくシーズンを終えたので、先日長男の息子と二人で取り外しウッドデッキの下に収納しました。来年まで眠ることになるのです。

 このウッドデッキも雨風に晒されているため10年が寿命だと思っていますが、年に一度は防腐剤を塗って長持ちさせようと、息子と二人でこまめに補修してきました。

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(防腐剤塗布中のウッドデッキ)

 今回は今までの無着色な高価な防腐剤を止めて、少し安価な防腐剤特有の茶褐色のついた防腐剤を塗ることにしました。1缶まとめて買うので2回は濡れるほどの量です。息子と二人で片方から念入りに塗って行きました。この日は残暑が厳しく日陰の私は楽に塗れましたが、休日を返上して手伝ってくれた息子は汗だくでした。こうして親子で水入らずの作業をすることもそんない多くはないので、幸せ感に浸りなながら色々な話をして作業をしました。

 広いといっても二人で塗るのですから物の1時間程度で作業あ終わりました。防腐剤特有のきつい匂いになやまされることもなく、立派に仕上げることができました。これで一雨降ると表面の脂分が流されて点着し、足にべとつかなくなるのです。

 アウトドアーの活動はこうした仕事が楽しいので、これからも積極的に人間牧場を活用して大いに人生を謳歌したいと思っています。昨日西予市野村山奥組の、私のミツバチの師匠である井上さんから、ミツバチの巣箱4号の近況問い合わせのメールが入りました。そろそろ採蜜をしたいと思っていた矢先の問い合わせに再び胸をときめかせながら、今度は息子も参加させてやりたいと、井上さんに変身のメールを送りました。

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(防腐剤をを塗った後のウッドデッキ)

  「キツツキの 被害に遭った 外壁を 三度四度と イタチごっこで」

  「五年間 毎年こまめ 防腐剤 腐らず塗って 腐らず保つ」

  「ウッドデッキ 息子と二人 刷毛で塗る 異臭も秋の 風に流され」

  「束の間の 休日返上 牧場で 親子黙々 それぞれ仕事」 

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○やっとかまど小屋が完成しました

 昨日かまどの工事がやっと終わったようです。私は昨日大学生のフィールドワークの授業で一日中忙しくしていましたが、設計や工事監理を担当した息子は昨日も夕方遅くまで工事の後始末をしていたようです。8月の2日に着工しているのですから2カ月も経った計算になります。その間人間牧場へ行く機会は大幅に増えて、何度出かけたことでしょう。また息子と時には同行し、時には意見の食い違いから少しだけ反目したこともありましたが、何とか完成にこじつけました。

 息子は設計の仕事をしていますから妥協を許さず、少しでもいいものを造ろうとします。しかし私の懐には限界というものがあって、息子と意見が合わないのそこだけなのです。結局は当初目論んだ金額の倍もの予算に膨れ上がって終息しようとしているのです。今回のかまど小屋の計画には21世紀えひめニューフロンティアグループも財政的支援をしてくれて、昨日の朝会計係の佐々木さんが支援金をわざわざ自宅まで持参してくれました。ツリーハウスの時も支援していただき、今回も甘んじて受け入れましたが嬉し限りです。

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(すっかり完成したかまど小屋)
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(土間は息子の発想で石張りです)
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(二段棚の一番上棚は大理石で周りにタイルを張りました)

 写真が一枚欠けていますが二段棚のこちらには収納できる畳半畳分のカマチが設けられていて、息子は昨日一日をかけて棚やカマチの内装ペンキを塗ったようです。土間は切り石張りでとてつもなく立派です。また息子が友人から貰って倉庫に置いていた大理石の板は短かめにカットされ2段棚の上にはめ込んで、周りに白いタイルを張りお洒落に仕上がっています。

 電気器具類も凝っていて、インターネットで購入したこれまたお洒落な器具が天井かにぶら下げられていますが、支払いのことを思うと少々気が重いようです。まあいいものを造った息子に免じて何とか資金の工面をして応えたいと思って諦めているところです。(最後は私を巻き込まないでという妻の財布を当てにしなければならないかも知れません・・・・。)


 人間牧場の施設群はある意味設計を仕事にしている息子の実験場です。水平線の家もロケーション風呂も、今回のかまど小屋も息子のアイディアがふんだんに取り入れられています。そのため思った以上に事業費がかさみました。しかし設計料はタダですから、設計料込みだとまあこんなものかと諦めがつくのですが、この施設を私が使えるのは年齢的にたかだか10年余りです。その後は長男である息子に譲るつもりですから、息子もそのことを承知で色々と口と手を出しているのです。

 金持ちのオーナーならどういうことはないのでしょうが、まるで自転車操業のような小銭を少しずつ貯めつつ使う貧乏なオーナーですから息子も時々頭にくることもあったものと思われますが、まあ何とかこれで5年計画の最終幕を引けそうで喜んでいます。

 息子はこれ以外にもまだ露天風呂などやりたいことがあるようですし、私も竹のやぐらを目論んでいて、これから資金を稼がなければなりません。息子のために親が力になることを第一に考え人間牧場の挑戦は当分続くのかも知れません。


  「牧場は 息子設計 実験場 オーナー私 頭が痛い」

  「いいものが 出来た内心 喜んで これを生かして 新た楽しさ」

  「設計料 思えばこれも 安いもの ない袖振れぬ そこが問題」

  「この施設 やがて息子に 譲るもの これを使って 社会貢献」

 

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○思い出に浸る秋はそこまで

 残暑とでもいうのでしょうか、このところ日中は連日30度近くまで気温が上がり、「今日も暑いねえ」何て言葉が交わされています。先週北海道で「涼しく心地よい」初秋を体感してきただけに、少しうんざりしています。昨日は大学生がフィールドワークの授業に双海町を訪ね、わが家へ入った途端短い時間ではありましたが激しいースコールのような雨が降り、これまでの暑さが少し遠のいたような感じがしました。こんな雨が降る度に、40数年前のことが一瞬頭をよぎります。私は高校3年生の時宇和島水産高校の実習船愛媛丸で南太平洋へ遠洋航海に出かけました。設備の整っていない船内の風呂は機関循環水を引き込んだ海水風呂でした。ゆえに真水の風呂に入りたいといつも願望していましたが、時折急に降るスコールはとても貴重で、みんな自然のシャワーだと思いこんでスコールが来ると大騒ぎしてはしゃいだものでした。しかしスコールが来ると予測して石鹸をつけて待っていると、スコールが突然向きを変えて当てが外れることもあり、石鹸が肌にこびりついてヒリヒリしたハプニングも何度かあって、大笑いしたこともあったのです。

 最近季節が少しずつ変化していることに気づきます。道の駅の屋外売店には秋の味覚と言われる極早生ミカンや栗の実が沢山顔を見せ、大根の間引き葉野菜も並ぶようになって、「ああ秋だなあ」と実感するのです。

 昨日人間牧場を訪ねて帰る途中道端で木からぶら下がったアケビの実を見つけました。これは子どもの頃の思い出なのですが、アケビは私たちにとってはイタドリ、野イチゴ、ヤマモモなどとともに自然から授かる最高の贈り物でした。この頃になるとガキ大将仲間と山に分け入り、アケビを見つけてよく食べたものです。アケビは熟すと割れて中から実が飛び出るのです。少し早いと割れないし遅いと虫たちが集まって食べてしまうので、その時期を見計らって木によじ登り危ない目をして収穫し食べたものです。アケビは熟すとバナナのような甘い味がしますが、殆ど種ばかりで食べるところはほんの少しです。口いっぱいに放張り思い切り種を飛ばしたことを覚えているのです。

 最近の子どもはアケビなど見向きもしないので、このように私の目でも確認でき取ることができるのです。イガの中から顔をのぞかせた栗も、紫色に熟したアケビも机の上や玄関先に飾るとインテリアに変身するため、イガ栗とともに2~3個収穫して持ち帰り玄関先へ並べてみました。妻の活けたススキの穂とともに初秋を見事に演出してくれているのです。

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 わが家の菜園の隅には甘夏ミカンやポンカンなどのかんきつ類が植えられています。その中に一本だけ極早生品種のみかんの木があって、このところの朝晩の気温低下で色付き始めました。「♭青いみかんが実ったふるさとの丘に 今年も取り入れの歌が聞こえる 甘く酸っぱい胸の思いを 心を込めながら小籠に摘んで 遠くの町のあなたにも送ってあげたい~♯」なんて素敵な歌を思い出しました。

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 青切りのみかんを見る度に10年前に逝った母のことも思い出します。海の見える現在人間牧場に変身しているみかん畑で、忙しそうにみかんを摘む母の顔はとても幸せそうでした。母の摘んだみかんを木箱に入れて背負子で一緒に坂道を下ったことを今でも覚えているのです。秋の夕日が真っ赤に海を染めて落ちる姿とともに・・・。


  「道端の 見上げた空に アケビあり ああ秋来たと 昔思いて」

  「菜園の 隅に色ずく 早生みかん 母植え遺し 木々の数々」

  「目にさやか 秋が来たなと 実感す 真夏日残暑 厳しきけれど」

  「口いっぱい ほおばるアケビ 種ばかり 大息ついて 種を飛ばしぬ」

 

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○愛媛大学フィールドワーク最後の授業

 愛媛大学法文学部総合政策学科の非常勤講師を務めて7年目になります。毎年私の教室では県内の先進地に学生を連れて研修に行っていますが、夏休みの終わりか後期授業の初めころ毎年最後の締めくくりとして双海町を選び、学生たちと双海町のまちづくりについて勉強するのです。今回は10月7日の予定でしたが、私の都合もあって9月27日にすることになりました。前もって学生たちにはその旨を伝え了承してもらいましたが、学生にとっては長い夏休みなので、忘れているかもしれないと思い、一昨日4人の班長にそれぞれ確認の電話をさせてもらいました。4人の班長の中で留守電が一人ありましたが、皆さん楽しみにしているとのことでホッとして今日を迎えたのです。何年か前までは私が大学まで迎えに行き、視察研修が終わると送りに行くという真面目な対応をしていましたが、今は大学背の自立を信じて現地集合にしているので、随分手間暇が省け、私は長机を用意したりして昼食の準備を手伝うことができるのです。

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 双海担当の班長さんから出発の8時30分になるがまだ一人来ないものの連絡が取れたので間もなく迎えのバスで出発するということでした。ほぼ予定された9時30分にバスは待ち合わせ場所のシーサイド公園に到着しました。シーサイド公園の建築や運営にかかる説明を見学した後人間牧場へ向かいました。中型バスとはいいながら奥島観光のバスはかなり大きく立派で、人間牧場までのつづら折りの道をそろりそろり走りました。いつもの通り市道からは農道を歩いて牧場入りです。今日の瀬戸内海は霞がかかって青島しか見えなく眺望は今一でしたが、それほど暑くもなく穏やかな日和に恵まれ、2時間余り私の講義や施設の見学を行いました。

 学生たちは夏休み中とあって少しお疲れモードのような気もしましたが、みんなメモを取ったりしながら話しを聞いてくれました。少しの間質問タイムを取ったりしましたが、12時20分になったので急いで戸締りをしてバスまで引き返しました。


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 午後1時から少し遅めの昼食交流会です。この日のために妻は前日から準備を始め、今朝も朝早くから手づくりの料理を作ってもてなしてくれました。妻にとっても7年間続いている接待なのです。自慢ではありませんが妻の料理は一流で、20人分の料理を一人で作ってくれるのです。今日も私が人間牧場で学生にレクチャーをしている間に美味しい料理を完成させ、私のゼミの学生19人を温かく迎えてくれました。

 食べ盛りという表現がピッタリの学生たちは毎年のことながら食が進んで、多めに作っていた料理をぺろりと平らげました。食べてもらうために作ったのですから当然です。日ごろ親元を離れて暮らしている学生たちにとって家庭の味は何よりのご馳走で、後片付けを手伝って、迎えのバスに乗り込み大学へ帰って行きました。

 来週からいよいよ大学の後期授業が始まります。夏休みに授業を入れたお陰で後期授業もスムーズに始めることができました。さあもうひと踏ん張りしながら今年も楽しい学びで締めたいものです。


  「今年また 学生たちが やって来る 妻は朝から もてなし料理」

  「学生は 日ごろうっぷん 晴らすよに 食べるわ食べる 気持ちいいほど」

  「七年目 今年も元気 もてなせる 夫婦そろって わが子のように」

  「私など 屁の突っ張りに なりゃしない 妻は黙々 私悠然」 

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○美幌散策スケッチ(その②)

 早朝散歩とホテルでの朝食を終え、迎えに来た三浦さん運転の車に乗って、両手に花とでもいえる西島さんと松島さんのお二人を加えた私たち一行は、これまで行ったことのない美幌町内の見学に出かけました。西島さんは観光ボランティアガイドの会の会長さん、松島さんは自治会女性部の会長さんという町内外では知名度抜群の方たちなので、行く先々顔が効くのには驚きました。

 河川敷に滑走路まで造られた航空公園にはヘリや訓練用戦闘機も展示されていて驚きましたが、残念ながらかなりの投資にもかかわらず今は使われていないようで、雨上がりの滑走路では、スケートのちびっこ選手たちがシーズン前の特訓に励んでいました。

 美幌町には町内を見下ろす丘の上に立派な美術・博物館がありました。多分日本の悪しき弊害でしょうが、農林水産省の補助金を受けたと思われる施設には、発動機などの農機具が玄関先に展示され、中に入ると博物と美術が多目的に展示をされていました。農業も博物も美術も全て追求するようにされてはいますが多目的過ぎてかえって無目的になっているような感じがしました。それでも中のジオラマなどは中々のもので、必見に値するようなものが沢山ありました。学芸員も数人のかれているとのこと、学芸員の苦悩を垣間見るようでした。

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(航空公園に展示されている戦闘機)

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(美術・博物館の遠望)
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(博物・美術館の玄関先には発動機なども展示されていました)
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(館内の立派すぎるほどのジオラマ)
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(農林業研修センターも立派な運営がされていました)
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(博物館と農林業センターの中ほどに植えられている超ビッグなかつらの大木)

 その横に農林業関係の宿泊研修施設がありました。木造の研修施設ではパンやソーセージなどの体験メニューもあってかつては沢山の利用者があったようですが、財政難を理由の人件費や人員削減などの影響もあって今は少し右肩下がりのようでした。いずこも同じ秋の夕暮れって感じの現況でした。

 見下ろす広大な畑はタマネギ生産発祥の地だけあって、沢山のタマネギが収穫用コンテナに入れられて野積みされていました。今年は夏場の天候不順に翻弄されて、農家も減収減益の苦境に立たされているそうです。間もなく冬の季節を迎えるだけに、少し秋の風を冷たく感じました。

 近くのお蕎麦屋さんで美味しい昼食をご馳走になりながら、4人で色々なお話をしました。私にとっては少し長めとも思える北海道5日間の旅でしたが、多くの深いご縁をいただいて、写り行く季節を満喫させてもらいました。

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(女満別空港まで送っていただきました)
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(経由地東京羽田の夕日に心癒されながら)

 女満別空港は美幌の町から15分余りの近い場所にあります。今回の旅は東京経由ながら女満別空港空港から始まり、女満別空港で最終章となりました。前回の雪の北海道と違い今回は秋の北海道でしたが、前回と同じく今回も空港まで多くの皆さんが見送りに駆けつけてくれました。

 特にチェックインして間もなく佐呂間の船木さんが見送りに駆けつけ、慌てて外へ出なおすハプニングもあって、再会を約束して機上の人となりました。去り難し美幌の町や遠くに見える佐呂間湖を目と心に深く刻みました。女満別空港15時15分発JAL1188便羽田行き、19z915分発JAL1471便松山行き、松山空港着は少し遅れましたが20時50分に到着し、迎えに来た妻の車で家路につきました。


  「今回も 深いご縁を いただいて 北の大地は 去り難きかな」

  「北と西 同じ日本に 住みながら わがふるさとは 未だ夏日だ」

  「秋浅い 北海道は でっかいどう 訪ねる度に 味わい深し」

  「来月は また北海道へ やって来る 今度は釧路 夕日楽しみ」  

 

 

 

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○美幌町散策スケッチ(その①)

 「お早うございます。起きていますか。起きているのなら早朝散歩をしましょうか」とガイドの会の三浦さんから朝一番に電話がかかってきました。北の国北海道は日暮れも早いのですが夜明けも早いのです。早速身支度を整えてホテルのロビーに出てみると、三浦さんはロビー横の机にパソコンを置いて立ち上げていました。三浦さんはパソコンの達人で、今回の旅の往復切符の手配など全てをパソコンで対応してくれました。また様々な活用をしているようで、将来はその道に進んでも飯が食べれるほどと実感しました。「今度会う時に航空チケットの取り方をお教えします」と約束をしていたので、私のパスワードにそれらを入力する作業をしてもらいました。私も少しの時間をいただいて、美幌でしか書けないブログを短めながらさしあたり2本書かせていただきました。

 終えると早速散歩がてらあちこちを案内してくれました。井上さんの神社にまず参拝しましたが、神社の素晴らしさにまずは感動でした。9月の初めに秋祭りがあったそうですが、神社の参道には沢山の出店が並び盛況だったというお話でした。また北海道の歴史を語るとき必ず出てくるアイヌのことについても立ち話のような形で聞き入り、砦跡などを見学し美幌の歴史を知ることができました。

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 前日講演前に最初に訪れたのはJR美幌駅でした。駅には観光物産協会が入っていて会長さんや事務局長さんを表敬訪問して色々な話を聞きました。駅構内には美幌町の特産品センターもあって、狭いながら色々な特産品を販売していました。

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 駅の横には映画「君の名は」の歌碑が立っていました。私は昭和19年生まれなので「君の名は」という映画は見たこともなく記憶にありませんが、戦後流行った人気映画であったことはよく覚えているのです。北海道は比較的歴史が浅いと言われていますが、当時は国民的な話題となった「君の名は」という映画にまつわる観光ガイドだけでも面白いストーリーが組めるし、美空ひばりの演歌「美幌峠」もいい歌だと思いました。


 美幌には面白い見所がいっぱいありました。中でも必見は美幌小学校の校舎です。とんがり屋根のある淡い色調の小学校はまさに北海道って感じの校舎でした。同行した美女二人と写真に収まりましたが、中学校も色調を合わせていて、美幌に行ったらこの二つの建物は必見して欲しいものです。

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 私のように日本全国を歩くと、必ずいい街だと思うところには必ず3つの条件があります。①人が集まり挨拶ができて時間が守れる、②公衆トイレが綺麗、③枚の至る所に花がしているということです。何気ないことですがこの何気ないことをやっている街は素晴らしいと思うのです。

 待つ品さんに案内してもらった松島さんの町内会が世話をしている花壇はとても立派でした。この花壇を見ただけで心が和みました。観光はこうした地道な町民の町を美しくする気風が育もものなのです。これこそ今回のテーマであった「もてなしの心」なのかもしれません。寺町通りも、航空公園もタマネギ畑も生かそうと思えば幾らでも観光資源は眠っているのです。要はそれに気づきそれを生かそうとするかどうか、まさに実践ではないかと思うのです。雪の美幌も素敵でしたが、秋の美幌もまた素敵でした。

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  「ガイドされ 町を見学 いい町と 思える資源 あり過ぎ困る」

  「学校も 観光資源 使いたい メルヘンタッチの 絵になる風景」

  「もてなしは 町が綺麗も 条件だ 花の咲く町 住む人素敵」

  「朝散歩 アイヌの砦 丘に立つ ここに消える 歴史の重み」

 

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○北海道はでっかいどう

 私はまるで運動会のリレーバトンです。最初の3日間は佐呂間町教育委員会の平戸課長さんはじめ3人のスタッフが、その次の日は佐呂間町の漁師船木さんと画家岩山さんが引き継いでくれました。そして最終章である美幌町では三浦さん始め観光ガイドの会のメンバーが私の案内役を果たしてくれたのです。

 船木さんと一緒に午前10時、美幌町役場前で三浦さんたちと落ち合い、美幌の人となりました。さて何処へ行くと希望を聞かれたものの、行くあてもなくとりあえず昼食場所として屈斜路湖湖畔にあるどでかいプリンスホテルで、バイキングを楽しむことになりました。

 その途中に町営牧場と美幌峠があるので、とりあえずその二つを見学しました。前回今年2月に訪れた時は氷点下10度、しかも大雪の中での見学でしたがが、今回はそろそろ秋を迎える爽やかな季節の訪問なので、同じ場所を定点観測のように見学させてもらいました。

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 前回の一押しの写真は上の網走オホーツク海流氷の上でのポーズでしたが、今回は美幌峠から屈斜路湖を臨む場所でのポーズとなりました。北海道の四季はこうも風景を一変させるのかと、パソコンアルバムを呼び出しながら記憶の糸をたどりました。

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(上は2月の美幌峠の美空ひばり歌詞碑、下は今回の歌詞碑)
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(上は今回の町営牧場、下は2月の雪深い町営牧場)
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 美幌峠はシルバーウィークが始まった土曜日だったため、北海道を中心にナンバープレートのオンパレードのようなかなりの車が立ち寄っていました。その中に愛媛ナンバーの車があって、松山の人と偶然にも出会い、双海のことをよく知っていて驚きました。高速道路千円の効果は抜群のようでした。

 美幌峠は知る人ぞ知る天下の景勝地です。かつては「君の名は」という映画のロケ地にもなって佐田啓二、岸恵子が主演、当時の話題をさらいました。レストハウスにはその当時の懐かしいロケ風景の写真が展示されていました。ここでは珍しいクマザサソフトクリームをご馳走になりましたが中々の味でした。

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 元来た道を引き返し少し早目にグランドホテルへ入り休ませてもらいました。このホテルはその夜の講演会の会場となるところですし、前回も宿泊した美幌町内の懐かしいホテルです。ホテルの従業員さんも私のことを覚えていて色々な話をさせてもらいました。

 夕方の講演会は開場が午後6時、開演は午後6時30分です。観光ボランティアガイドの会主催なので真っ赤な制服を着たガイドの会の綺麗どころとも言える30名会員のほかに、一般の方も参加してほぼ100名で満員となりました。「実践者の経験を通したおもてなしの心とは」という演題は少々お堅い感じもしましたが、何とか楽しいお話をさせてもらいました。

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 かくして長くも短い、4回ものバラエティーに富んだ北海道での講演を無事終えることができました。会終了後の懇親会も4回を数え、最後の回こそ時間も短く茶話会となりましたが、他は深夜に及んだ交流となりました。気力も体力も知力も充実していて、軽い自分のフットワークに感心しながらその夜はぐっすりと寝込みました。


  「冬と秋 同じ場所見る 天と地の 差もあるほどに お目々白黒」

  「旅先で 見つけたナンバー 愛媛文字 懐かしなりて 声かけ話す」

  「四回を やっと終えたと 息をつく さすがに少し お疲れモード」

  「また増えた 熟年女性の 顔見知り 好きになりそな 予感がしつつ」

 

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