shin-1さんの日記

○ひらめき

 私はひらめきで生きているといってもいいくらい、ひらめきを主体に意の向くまま暮らしている人間だと時々思います。私のような人間を泥縄というのでしょうか、泥棒を捕まえて泥棒を縛る縄のないことに気付きその場で縄をなって使うことをいうのでしょうが、昨日も共栄網という双海町の漁業の元祖ともいえる漁業団体の会合の一人の委員として招かれ、突然座長を言い渡されました。三回予定されている会議ですから初回の前回に座長は前町長で現教育長に決まっていました。ところが前回は行政から一人も出席しないトラブルがあってのことだったので、今回行政がいきなり参加者のブーイングに応えて大挙して出席するようになり、組織体系からいうと座長が変わった方がいいとの申し出で、急遽自由人たる私に白羽の矢が当たったのです。会場で会議が始まる数分前に言われれば、普通の人は誰でも断るし、仮に受けても当日の会議の進行などできぬと突っぱねるだろうと思うのです。断る理由もやれない理由もないので、軽率ながらあっさり引き受けてしまいました。

 私は会議の進行を時間によって組み立てます。1時半から3時までという目安を事務局からみんなの前で聞き出し時間の共通理解を得ました。そして話す内容がおおまか三つだったので30分ずつ三つに分けました。事務局の説明と協議、それに項目ごとに座長のショートコメントでまとめ、結果的には3分間時間を延長してしまいましたが、まずはその場のひらめきで物事を進める日ごろの訓練のお陰で見事大役を果たしたのです。

 多分難しい出口の見えにくいテーマだったので時間がかかると予想していた参加者からは大好評で、随分感謝されました。主催した共栄網では共栄網の再生をかけた一大プロジェクト事業だけに、熱い思い入れもあって次回2月に開かれる予定の3回目で結論を出し、スピードアップしながら事業化されることでしょう。

 ひらめきは、ひらめいたからってそれ自体はなんの意味もありません。そのひらめきが自分というファインダーを通してどう人様のお役に立つたかという事実なのです。夕日でまちおこしをしようと二十年も前に私の頭がひらめきました。多分「何て馬鹿なことを」と誰もが思ったことでしょう。その証拠に多くの方々の反対に会い夕日は潰される運命にありました。しかし若かったのでしょうか全てのエネルギーをつぎ込んでひらめいた夕日という自然現象を地域資源にしました。そしてコンサートなどのソフトとシーサイド公園などのハード事業をミックスしながら双海を代表するレッテルにして、じゃこ天や夕焼けソフトなど売れ筋商品を作りました。それらはまだ発展途上ですが、シーサイド公園を中心に人々の暮しに役立っているのです。

 私の夕日へのひらめきは、隣の町の人もひらめいていたはずです。現に海岸周りと山周りを一周するコスモス鉄道2001年の旅

をやった時は「わしらもしようと思っていた」と長浜町で、夕日の名刺を見た時「俺とこにも夕日は沈む」と伊予市でそれぞれ聞いた話がそれを物語っているのです。ひらめきを行動に起す、そしてその起したことが人々の役に立つ、そこまで行かなければひらめきとは言えないのではないかと思うのです。

 ひらめきは時として実現不可能なこともあります。夕日も当時は実現不可能なひらめきでした。不可能を可能にするのもひらめきです。「人生は爆発だ」は有名な岡本太郎の言葉です。若松進一流にいうと「人生はひらめきだ」のようです。小さなひらめき、中ぐらいなひらめき、大きなひらめき、ひらめきは人それぞれ様々です。いいひらめきが出来るように日頃から訓練しないといいひらめきは生まれません。私と同じようなことを作詞家の「なかにし礼」さんもいっていました。

  「禿頭 でもない私 ひらめいて おもろいことを どんどんやって」

  「どこにでも あるのに夕日 俺のもの 今では本当に 双海のものに」

  「止めとけと いつも言われる その中に 成功の種 隠れています」

  「失敗を 何度したか 分らない それが土壌で 種は芽吹いた」

  

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shin-1さんの日記

○アントレプレナー

 つい最近は横文字がやたらと多く、意味不明で分らぬまま分ったようなふりをして聞いている人や分らぬままに使っている人がいるようです。私たちまちづくりの現場は学者の先生やジャーナリスト、建築家などの知識人も出入りするものですからその傾向が強く、横文字を使うと格好よさそうに見えたり博学と思われたい部分があるようです。しかしかつての町議会である議員がシンポジウムのことをインポジウムと間違って使い大爆笑されたように、せめて使う場合は意味を調べ確かめて使うくらいの学習的余裕は必要だと思うのです。

 今春道後で開かれた「地域の自立とは何か」というシンポジウムで、進行役の清水さんが「アントレプレナー」という言葉を使いました。恥ずかしながらその時初めて聞く言葉だったものですから、私はその夜の交流会で清水さんにその意味を確かめましたが、「起業家」だと教えられました。その後その特集が舞たうんで組まれ、朝日新聞の砂場さんが「アントレプレナー」という言葉を、さすがジャーナリストらしく「アントレプレナー」(起業家)とわざわざ括弧書きで説明してくれて、しっかりと自分のものになりました。浅学な私はこんなことでしか横文字を覚えれないのですからそれこそ浅はかです。でも横文字を使わなくても「企業家でない業を起す起業家」なんて日本語で説明をしないと分らない集会だってあるのですから、場所をわきまえずどこでも「アントレプレナー」という言葉を使っていいものではないと思います。

 最近は「アントレプレナー」流行で、大学生時代に会社を興したりNPO法人の代表になったり、女性がお店を持ったりする機会が増えてきました。中学校の総合学習でも株式を学習するため会社を興す学習をするほどですから、会社の社長になることを夢見る若者は増えつつあるようです。その結果でしょうがホリエモンというような社会現象が生まれ、誇張されて社会に一石を投じています。

私の友人に横山史さんという女性がいます。会社に勤めながらまちづくりやニートの勉強をしながら様々な研修を重ね、自らが発起してNPO法人を立ち上げ代表となりました。「若者と人づくり」が専門テーマだそうですが、私たちの世界で考えるとかなり難しい

テーマのようにもことにあえてチャレンジする彼女の生き方に強い関心を持っています。彼女こそ「アントレプレナー」と呼ぶに相応しい女性だと思いました。

 先日NHKのふれあいミーティングで、偶然にも私と同じ6人のパネラーに選ばれ出演していて再会しましたが、若いからと年齢を理由に徳田アナウンサーから最初にふられた彼女の意見を聞いて、初めて私の家へ学生たちとやって来たあの頃を思い出しました。随分成長して堂々としている姿に驚きました。多分これから社会の荒波の中で挫折と成功を味わいながら更に成長して行くのでしょう。経済的に安定したOLという職業を捨て、あえて挑戦する横山史さんに大きな拍手を送ります

 一度しかない人生を悔いなく過ごすことは大事です。日々の暮しに満足もせずただ社会が悪い、組織が悪い、上司が悪いと不平や不満を言いながら給料分の働きもせず時代の波に呑み込まれて暮らしている多くの人々を見る度に、悩みながらもイキイキと輝く姿は神々しく見えてくるのです。

 先日「大人を考えるシンポジウム」の打ち合わせで立ち寄り先の「国立大洲青少年交流の家」で高知県梼原町の役場に勤めながら青年団の事務局をやっている若者に会いました。「えっ、今でも青年団があるの」といわれそうな死語に近い世界で活動する彼の瞳も輝いていました。「ああ俺にもこんな時代があったなあ」と思うのは、私がそれ相応の歳になったからでしょうが、若さと価値は若い間は気付かないものです。でも若い間に思い切り「アントレプレナー」的な気概を持って生きて欲しいと思います

  「知らぬまま 使う横文字 多くなり 日本語乱れて あなた何人(じん)?」

  「横文字の アントレプレナー 企業家と 教えてもらって 意味知り使う」

  「OLと いう名の仕事 投げ打って 違う世界に 理想求めつ」

  「何欲しい 若さ下さい 言いたいね 金で買えれば 幾ら積んでも」

  「 

 

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