shin-1さんの日記

○ワープロに再び命

 妻の勤めている医院ではパソコンが使われていますが、妻は何故かマニュアル通りの使い方しかできないので、パソコンの使い方を知りません。ですから文章も打てないのです。今年からこの医院もさらにパソコンを充実するそうで、練習するように先生からお話があったとのことでした。早速キーボードの特訓をしたいと、もう2年間も使っていないワープロ書院を持ち出して電池を交換し打ち始めました。「私のパソコンで練習したら」と言ったのですが、私の大切な情報を滅茶苦茶にしては大変と、昨夜ワープロで練習を始めました。私が自分の書斎で仕事をいていると「お父さん」「お父さん」と隣の部屋から声がするのです。「お前のお父さんではない」とその都度部屋を移動するのですが、最後はうるさくなって険悪なムードになりました。

 人間の記憶なんて当てにならぬもので、あれほど使っていたワープロも2年間もブランクがあると「さてどうだったか」と思うほど、操作を忘れているのです。操作をしながら思い出すのですがこれが中々思い出せないほど私の頭は退化の一途を辿っております。

 ワープロを打ちながらふと思いました。ワープロに打ち込んだハガキ通信は果たしてどうなっているのだろうと・・・・・。そうです。私はこのワープロ書院で確かに一年365日のつれづれをハガキ通信として世に送り出しました。ですからどこかにあのフロッピーが残っているはずなのです。今のように別仕立てのプリンターがある訳ではないのでプリントするには感熱紙かプリンターリボンが必要です。そんなものも処分してなくなっているので、早い機会に印刷し、何冊かの手作り本を作っておきたいと思いました。

 そんなこともあって古いワープロのフロッピーを書棚の置くから探し当て画面に出してみると確かに記録は残っていました。嬉しくなりましたが印字できず今回は見るだけとなってしまいました。でもワープロも偉いです。2年間も書斎の隅で埃にかぶって見向きもされなかったのに、ちゃんとご主人様のことを記憶しているのですから。もう電子ゴミと思っていたワープロに再び命を吹き込み、もうひと働きしてもらいたいと、丁寧に妻は掃除をしてくれました。人間の、いや私のエゴがここにも見え隠れしました。

  「部屋の隅 埃を被って 出番なく やがて消えゆく 俺と同じか」

  「ワープロの 感熱・リボン 探したが 何処にあるやら 行き方知らず」

  「早いうち ハガキ通信 一冊の 本にしたいと 願っています」

  「この歳で いえいえパソコン 歳でなく 頭と体で 誰でもできる」  

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shin-1さんの日記

○みかんが美味しい季節です

 わが家のあちこちを探して見ますとみかんのオフシーズンなのに沢山のかんきつ類に囲まれて暮らしていることが分ります。まずレモン、コーヒーの飲めない私はもっぱらレモンを少し厚めに切ってレモンティ、しかも少し見栄えは悪いが無農薬なので安心して飲めます。先日も御荘牡蠣が届きましたので酒蒸にしてレモンを垂らしました。もうたまりませんで、次男などは牡蠣を7個もお代わりしました。(私は正直な話余り好きではないのですが、料理の腕前がよい妻の手前美味しいと言って食べます。私たちのところでは「カブス」という酢を取るのがありますが、これは鍋物には最高です。名前からしてカ・ブス」と女性の顔(おっと失礼)を連想しますが、なかなかどおして水炊きにはこれと唐辛子がないといけません。レモンもカブスもわが家の菜園の隅にちゃんと植えられています。

 昨日妻が金柑を貰ってきてシロップ煮を作っていました。マーマレードやユズの皮などの保存食品に加え何故か酢橘も冷蔵庫の隅に残っています。このように料理や食べ物に彩を沿えてくれるのもかんきつ類なのです。(わが家の金柑の木は椿さんで買って植えたのですが、何故かご主人様に似て野良木で未だにろくな実を成らせてくれません)。

 雑柑類が美味しい季節になりました。つい最近は流行り廃りが激しくセトカだのハルミだのよう覚えませんが、ネーブル、ポンカン、八朔、伊予蜜柑など家の中にゴロゴロしていて、やはりみかん所なのでしょうか近所の人が何かにつけて届けてくれるのです。晩生(おくて)と称するみかんも今は最高に美味しいです。そして極めつけは三崎町(現伊方町)の塩崎さんが毎年この頃になると届けてくれる清見タンゴールです。切って食卓に出すのですがこれが果汁が乗って美味しいですね。先日の飲み会で手土産として貰いましたが、孫に送ったためもうなくなりそうです。

 一昨日地元の方にお願いして伊予蜜柑10キロ入りを10箱、全国の知人友人に出荷しました。早速お礼の電話やはがきが届いていますが、粉雪舞い散る北海道へも2箱送りました。夏に夕張メロン、秋にはジャガイモを送ってもらった返礼です。

 妻も子どももみかん類が好きで、のべつまくなく食べているので、みかんの頃になると手が黄疸のように黄色くなっています。お陰さまで少し太っていますが、これはみかんのせいではありません。食べ方が問題なのです。「朝フル」の話をしてやりますが、一向に乗ってきません。大河内さんや清水さんの話をいつかの機会に聞かせたいと思っています。

 わが家の菜園で冬を過ごしたものに甘夏があります。今年は寒さで随分実が落ちましたが、それでも越冬し甘みを蓄えて出番を待っています。摘み取ると腐るので、わが家では初夏の頃までこのまま置いて食用やおすそ分け用にします。木のためには早く取った方がよいのでしょうが、まあ大目に見てください。

 こうしてみると、わが家の暮らしにとってかんきつ類は大きな役割を担っていることに気がつきます。これだけでも一冊の本ができるくらいですね。

  「今朝みかん 昼伊予蜜柑 夜清見 明日はネーブル 夏夏みかん」

  「金柑を 煮詰めて作る 喉薬 風邪気味父に お粥とともに」

  「不思議だな 高接ぎすれば 違う実が 同じ木だのに 何故になるのか」

  「今の子は 蜜柑を食べぬと ぼやく人 作っているのに 喰わないのだから」

 

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