shin-1さんの日記

○パソコン修理の名医

 先日来、私の言うことを聞かなくなったパソコンにはほとほと手を焼いていて、叩いても叱ってもイライラするばかりで、自分の非力を嘆いていました。ところがこの週末、パソコンに詳しい娘婿が孫と一緒にわが家へ遊びに来たものですから、お願いして診てもらいました。娘婿は私のパソコンの前に立って両手でまるで魔術のように触っていましたが、あっという間にブログの画面が元通りに回復したのです。私が10日間もかかって直せなかったのに僅か数分で直すなんて、私はあっけにとられてしまいました。娘婿はパソコンの名医だと直感しました。これまでにも私のホームページを作ってくれたり、ブログの楽しさを教えてくれたり、はたまたトラブル続きの私に付き合ってくれてメールで指示を送ってくれていたのですが、今度ばかりは誰に聞いても直らなかったので、正直パソコンがいかれてるのではとパソコンのせいにしていました。しかしいかれていたのは私の技術だったと気がつき、パソコンを恨んだことを後悔しました。

 10日ぶりに赤色の文字が、ほらこのように美しくも読みやすく画面を飾っているのです。文字は黒一色の時代に育った私たちにとってはカラー文字はとても魅力的で、これでまたブログの文章書きがまた楽しくなりそうです。10日間も見にくい文字を画面で読んでいただいた読者の方々に感謝の意を表します。

 しかしここだけの話ですが、この10日間は読みにくいはずの私のブログの愛読者が増えて、訪問者ランキングが上がるという珍現象が起こってしまいました。この珍現象には私も首を傾げるばかりです。

 それにしても最近はブログ人口が多くなっているのか、はたまた私がブログに記事を書いているからなのか、ブログを介した話題が日常の会話にもたくさん出てくるようになりました。

 先日も知らない人からいきなり「88歳のおじいちゃんのテーブルは完成しましたか」と問われました。『えっ、この人我が家のことを何で知っているの」と一瞬考えました。『圧そうか、私がブログで親父のことを書いていたんだった」と思い起こしました。左様に私のブログは身近な話題を書き過ぎるのかなあと反省もしたりする今日この頃です。

 しかし、何はともあれパソコンが復旧しブログを書く楽しさも復旧しました。愛読者の皆さん。またよろしくお願いいたします。

  「パソコンの病気治すは手先だけ完治しましたウイルスさえも」

  「パソコンも今では私の手と頭知らぬ調べて知るを入力」

  「パソコンは凄いと思うこともある言うこと聞かぬと何だこれさえ」

  「黒文字が綺麗な色に変身し読みたい気持ち自然起こりぬ」

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shin-1さんの日記

 ○二次会三次会 

 酒をこよなく愛した頃は、よくもあんなに酒が飲めるものよと自分に感心するほど梯子酒を繰り返していました。そのことだけが原因ではないにしても、そのことが病気原因の一部であったと深く反省し、酒を断ってもう6年が経ちました。今にして思えば二次会や三次会へ繰り出したあの頃が楽しくも懐かしく思い出されます。

 昨晩は沖縄研修の反省会という都合のいい理由をつけて4人で酒宴を催しました。兵頭君が沖縄料理のお店を探す徹底ぶりでまるで沖縄を髣髴するような楽しい宴会となりました。海ぶどうや固い豆腐、チャンプル料理に舌鼓を打ちながら飲むほどに酔うほどに饒舌は留まるところを知らないほど盛り上がり、一次会だけでも有に4時間の長丁場でしたがあっという間に時間が経って、午後6時に始めた主演が10時になっていました。何せウーロン茶での対応なので時間が幾ら経っても素面は私だけ、結局はそこで割り勘を計算してタクシーで車を置いた場所まで行き帰る準備をしたのですが、清水・門田・兵頭の三人は目配せをして暗闇の中に消えて行きました。私も内心はついて行きたい想いでしたがそこはぐっとこらえて一人帰路に着きました。 

?こじんまりした一次会のお店で意外な人にお目にかかりました。かつて若いごろ無人島に直径10メートルもある大きな竪穴式住居を造り、若者たちが集まって『語り部の集い」というのをやりました。無人島で約一週間徹底討論しようと20人ほどの若者で無人島に渡ったのです。古代食への挑戦では一日中小鳥のように粟やヒエだけを食べた日もありました。また一日中水とお茶だけの飢餓体験もしながらの語らいは、今にして思えばよき企画だったと思うのです。

 その時縁もゆかりもない一人の青年が応募に応じ参加しました。当時は時事に精通した一人の若者って感じの人でしたが、今はれっきとした政党団体の代表を務める県会議員さんなのです。彼はあの時のことをしっかり覚えていて席を交えての宴席となりました。毎年私の所へ政党の活動報告書を送ってくれる律義者の彼もいい年齢になって立派に活躍をしている姿を目の当たりにして人の出会いの不思議さを感じずにはいられませんでした。無人島の議論は彼の潜在能力の何ほどもないかもしれませんが、青春の思い出として何時までも記憶の底に残ることでしょう。

 それにしても二次会、三次会が懐かしいですね。すっかりご無沙汰しているあの店のママさんはお元気でお過ごしのことやら・・・・・・。

  「二次三次若い頃にはよく梯子それでもわが家忘れず帰り」

  「トンネルを抜けて出合った人ありて昔語りつ盃交わす」

  「それぞれにそれぞれの道たどり着くこれからそれぞれ別の道行く」

  「あの時の私あなたも若かった夜を徹して夢を語りぬ」

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shin-1さんの日記

 ○菜の花は「雑草」・鯉は「雑魚」

 最近の田舎の風景を見て思うことがあります。そのまちの土地事情によって田舎の風景は一変します。田舎といっても田畑が広がる平坦な地域は田園風景が何処までも広がり穏やかな暮らしをイメージします。一方私たちのまちのように急峻な地形では、猫の額ほどの土地でも耕されているものの厳しい暮らしをイメージするのです。ところが田舎は過疎で高齢化なのでしょうか、最近その風景に異変が起こりつつあります。田畑は荒れ田畑を囲っていたイノシシ除けの波トタンが吹き飛んだままになっています。住まなくなった家は崩れお墓さえも雑草に覆われています。また周辺には無造作に使わなくなった車や農機具が風雨に寂しく晒されているのです。田舎を連想する草家、柿の木、カラス、小川、棚田、段畑、農夫、牛、子ども、おばあさんといった原風景の条件は次第に姿を消そうとしているのです。

 先日ある人と話していたら『菜の花は雑草」『鯉は雑魚」だとといきなり言うのです。「えっ」と多分感じるでしょう。黄色い菜の花は早春の代名詞だし鯉だって清流を思い出すはずです。でも菜の花は雑草であり鯉は雑魚だと彼は言い張るのです。私もそのことに同感な一人ですからその話で多いに盛り上がりました。

 最近菜の花が重信川の河川敷にたくさん生えているのをご存知でしょうか。この菜の花は人間が植えた訳ではありません。何処かではじけた種が河川敷に流れ込み、自然のなすがままに増え続けているのです。こうなると菜の花はもう完全に雑草です。私の町がJRの斜面に菜の花を作っていますが、観光客がたくさん来ることを見て、『私の町にもあんな菜の花畑を作りたいから種子を分けてください」と頼みに来る人がいます。私はその人にいつも『菜の花は雑草」の話をして種子を差し上げます。近所のある町ではそんな警告を無視して公園に菜の花の種を無秩序に蒔いたために原風景を壊しています。他所の成功を真似した結果の悲劇でしょう。こうなると菜の花は帰化植物化してどんどんその勢力分野を広げ田畑に広がり、油菜ですから雨の日などは濡れて滑るから危険さえもはらんでい丸のです。

 鯉も雑魚です。島根県津和野町の川に泳ぐ鯉は何とも優雅です。でもこれは生態系を無視したやり方だと思います。琵琶湖にブラックバスが増えて在来の魚が少なくなったことでも分るように、放流当時は釣りで脚光を浴びましたが、今は大きな環境問題となっているのです。セイタカアワダチソウもキンケイソウも人間のエゴが作る出した結果なのです。

  「菜の花も無秩序植えれば雑草になると警告ある人言うた」

  「メダカさえ川に勝手に放してはいけない理屈分って下さい」

  「風景を宝と思える人間を育てゆくよな教育大事」

  「竹が増え松が枯れ減るこの国を誰が救うか未だ策なし」

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