shin-1さんの日記

○モーニングセミナー

 早起きの私は毎日朝4時に起床します。今日は倫理法人会の招きをいただいて6時30分からのセミナーに出席しました。元気の良い朝のあいさつや幾つかの心の戒めを唱和するのですが、澄んだ空気を腹いっぱい吸い込んでの言葉は、自分に「頑張って」と応援をしているようでした。

 今までにも倫理法人会だけでなく早朝勉強会に講和を頼まれて参加しましたが、今日は立見席も出来るほどの盛況で、話す私もしゃんと胸を張って45分間話をしました。話しながら会場を良く見渡すと知った顔が幾人もいて、懐かしくも面映く感じましたが、進化した私のこのごろをお話して、今は無事役目を果たせてホッとしています。

 朝早起きをすることの効用は誰もが認めるところですが、今年の冬のように寒いとついつい布団の温かさが慢心を引き起こし、中々起きれないものです。でも諦めず早起きを繰り返すと今日のような良き出会いが生まれるのです。今朝は卓話が終わって名刺の交換が始まると40枚も持参した名刺があっという間に空になってしまいました。ここでもリニュアールした似顔絵入り人間牧場の名刺は人気度抜群で、会話が弾みました。中には「私は名刺を持っていませんがお名刺だけいただけないでしょうか」と頼みに来る女性もいるほどでした。

 今朝は会場が国際ホテルだったものですからセミナー後は朝食をご馳走になりました。 バイキング形式なので私は和食コースを選択し、ご飯、味噌汁、玉子焼き、焼き魚、海苔、納豆、梅干、豆腐、漬物を自分で選んで皿にとって食べましたが、会話しながらの食事は実に楽しく食べることが出来、食後は朝の光を受けてようやく動き出した職場へ三々五々散って行きました。

 今日の収穫は交換した名刺とお願いしていただいた倫理法人会の教科書ともいえる「万人幸福の栞」という一冊の本です。特に皆さんがこぞって朗読した49ページから始まる「子は親の心を実演する名優である」は感心して聞き入りました。親の生き方が子どもの行動を作るのですからうかうか出来ませんね。いい勉強をさせてもらいました。

  「人寝てる間に起きて学ばんと集まる人の意気込み凄し」

  「業績を上げてる会社の社長さんさすが陰徳見上げたものよ」

  「日本人何時の間にやら忘れてる倫理一から教え学ばせ」

  「世の中は利口と馬鹿が同居する考え一つで馬鹿が利口に」

 

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shin-1さんの日記

○病院のロビーは賑やか

 今朝9時過ぎ、私の元へ一本の電話がかかってきました。「お父さん大変、おじいちゃんが交通事故に遭った。直ぐに来て欲しい」と妻からの電話でした。場所は妻の勤めている歯医者さんの近くだというので、車を走らせて現場に駆けつけました。事故のショックでしょうか父はがっくりとした姿で道端に座っていました。

父の自転車に軽四輪をぶつけたおじさんも心配顔で「大変なことをしてしもうた」と動転しているのです。私は父の状態を確認しましたが肩や首筋、それに肘が痛いという以外意識もはっきりしていたので、とりあえず7キロ離れた診療所へ連れて行きましたが、診察したお医者さんから「紹介状を書くから伊予市の専門医院に連れてゆくよう」指示されました。車の中では父が少し血圧が上がって吐き気寒気がするというので、暖房を少し高めに設定し、病院へ行きましたが、何と病院のロビーは満員状態で座る席さえない有様です。

 ロビーを占領している人の殆どは高齢者で、耳も遠い人たちばかりですからつけてるテレビの音などかき消されるような、大きな声で話し合っているのです。受付順番を常とする病院なので、急患といえどもおやじの順番は中々回ってきません。10時に受付をしたのに診察が始まったのは12時近くで、おやじもへとへとのようでした。結局レントゲンの結果肩の骨にヒビが入っていて全治3週間と診断され、白い布で左手を吊り下げる痛々しい姿となりました。事故を起こしたおじさんも心配なのか病院まで駆けつけてくれましたが、「わしは悪くない」という父の不注意もあるだろうから、心配しないように言って帰ってもらいました。もし交通事故にすると大変でしょうからと気をつかったのですが、おじさんが帰って家族と話したのか、夕方警察から連絡が入り、事故処理のために自転車を持って現場へ来るよう、家にいた息子に伝言があり、息子が立会人で出掛けてくれていました。

 まあ、なんだかんだとありましたが、頭も打たず後遺症の心配もないようですからひとまず安心と言ったところでしょう。明日も病院へ連れてゆく予定です。

 それにしても病院は今や高齢者のサロンのようです。足や腰が痛いと注射や物療に、わが町から大勢の人が病院にやって来ていました。顔なじみの人が多く、なにやかにやと話しかけて、その度におやじが・・・・と同じような話をしなければなりませんので、私も多少疲れてしまいました。20年後私も確実に今日拝見した人たちのように年をとるのかと思うと何かしら寂しくも感じ、考えさされました。

  「何処悪いはいじいちゃんが怪我をして問われる度に同じこと言う」

  「病院は今や年寄り楽しみ場会話弾んで痛さやわらぐ」

  「あの薬飲めば満腹なるくらい貰って帰るばあじいちゃん」

  「病院は年寄りつかめば儲かると何処かの医者が豪語していた」

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shin-1さんの日記

○冬の花

 わが家の庭には様々な木が植えられています。松・マキ・クロガネモチ・ヒイラギ・金木犀・ツツジ・ツゲ・南天・モミジ・柏・アセビ・椿など様々ですが、よく観察してみると冬咲く花木がありました。山茶花と椿と梅です。椿は早春の花で少し先になりますが、それでももう早咲きの椿は一輪二論花を咲かせ寒さに震えながらも凛としています。梅は開花宣言が出ないと咲かないのですが、選定をした切れ端を水に差しておくと何と台所で花が咲いているのです。

 今は山茶花が沢山花を咲かせています。生垣のつもりで植えた山茶花は殆ど赤い単弁なのですが、親父の手入れが良いのか地の利を得たのか、幹回りも茶碗程度に太り中々見応えのある木に育っています。

 山茶花はその名の通り茶花なのでしょうが、葉っぱも幹も花までも椿にそっくりです。椿と違うのは椿の花のように首からそっくり落ちるのではなく、花弁が散って何とも風情があります。先日のように山茶花の幹に雪が積ると雪の白と花の赤、それに木の緑が見事にマッチして、思わず抹茶をいただきながら一句ひねりたい心境になります。木の下はこれから少しの間散り行く花の花弁が赤く地面を染めてくれるのも風情です。これまではただただ日々が忙しく、季節の移ろいを感じぬまま時が流れていましたが、「小さい冬見つけた」の心境は風流にもデジタルカメラに収めました。

 今日は人間牧場へ上がって畑の水仙を切ってきます。畑には野生化した水仙が早くも花を咲かせています。正月用に梅の枝も切ってきて欲しいと妻から頼まれました。いよいよ今日から正月の準備作業が始まります。勤めている妻が家を出るとき様々な仕事を頼んで行きます。サンデー毎日の私としてはこれも仕事と割り切って毎日遊んでいます。

  「花愛でる余裕が少しできたのか庭に咲く花綺麗と思いつ」

  「山茶花の宿という歌口ずさみ一輪切りて書斎飾りぬ」

  「花の赤雪の白さに際立って自然織り成す姿をパチリ」

  「末息子記念に貰いしモチの木が切らず育って背丈を越える」

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shin-1さんの日記

○合併で市町村名がグチャグチャ

 私のパソコンには筆王なる住所録ソフトが入っており、幾つかのジャンルに分けて知人友人、それにお世話になっている方々の住所や氏名が登録されていますが、この2~3年で氏名こそ変わらないものの、その人たちの住所は大きく様変わりをしました。特に愛媛県内は昭和30年前後の市町村合併以来半世紀、殆ど変わらず70市町村を数えていました。ところが今回の平成の大合併でその数は20市町となり、愛媛県内から村という自治体は姿を消しました。

 多分移行期間で郵便局では旧の市町村名でも届けてくれるでしょうが、そうもいかず住所録の変更と相成りました。しかし県内はそれなりに変更出来るのですが、県外の住所はいちいち覚えているわけでもなく、年間をかけて直さないと対応出来ないことに気づき、今年は旧市町村名で出すことに決定をしました。

 それにしてもまあ凄い変化です。約千名の住所録の変更がこんなにも時間がかかるものなのかと思うとつい手も進まず、結局昨日は夜遅くまでかかってしまいました。それでも住所録を変更しながらその人の顔を思い出し「ああ、あの人はついぞご無沙汰だが、元気なのだろうか」とか、様々な記憶の人と巡り会って良かったです。とりわけ今年亡くなった人の思い出は鮮明で、喪中のハガキを頼りにその人の名前を消してゆく作業は身につまされました。

 退職を機に年賀状の整理をしようと思って始めたものの、その人の名前は捨て難くついつい残す決断をすると、結局はそんなに減ることもなくその作業は来年に持ち越しとなりました。

 遅ればせながら今日は年賀状の印刷です。昨年までは馴染みの印刷屋さんに印刷を依頼しましたが、今年は自分で私恒例の10大ニュースを書いて印字しようと試みましたが、あいにく上手くいかず、結局は長男の所へ届けて印字をしてもいました。

 私は自分の優柔不断さから、毎年このように年末押し迫らないと年賀状が出来ません。住所録を作った時の「来年こそは」の意思も腰砕けでした。でも来年こそは郵便局に迷惑がかからないようにしたいと思います。

  「あの人のまちの地名は何だっけ慣れぬ名前は辞書にも載らず」

  「俺の町郡を市にするだけでよい合併騒ぎ昨日のようだ」

  「合併し9ヶ月程経ったけど俺の暮らしは殆ど変わらず」

  「えーとえーとと首をかしげて思い出す思い出せない新し地名は」

  

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