shin-1さんの日記

○あの頃私は若かった

 何をどう思ったのか、妻が写真の整理を始めました。多分先日行われた息子の結婚式のスナップ写真が、出席したあちらこちらの方々から送られてくるからでしょうが、写真の整理をしながら若かりし頃の写真を見ながら、一人ではしゃいでいるようです。特に自分の若い頃の写真や家族の写真は30数年の時の流れを感じるように、随分変わったことに気付くのです。

 「まあ、私も若いころがあったのねえ」とは結婚前の写真、「私の若さに比べあなたは昔から老けていたのねえ」と自分の若さを強調し、私をコケ下ろすものだから、私も宇和島水産高等学校の練習船愛媛丸での航海写真を見せて、「わしも若かったろうが」といってやりました。そうです。写真に写っているどの人も30歳以上若いのです。

 昨日次男の息子がテレビの「サザエさん」という番組を見ながら、「僕たちが子どもの頃とサザエさん一家は何故か一緒で、まったく歳をとらんなあ。いつの間にかかつお君やわかめちゃんより僕の方が年上になっとる」というのです。そういえばそうだと、息子の観察力に感心もしました。

 それにしても、妻と結婚して始まった二人だけの若松進一一家も、一時は子ども四人を真ん中に川の字ならぬ6本の川の字の如く、まるでたこ部屋のようになって寝ていましたが、結婚したり仕事の都合で今は次男と私たちだけの核家族になっています。時の流れは過ぎて短く迎えて長いようで感慨深いものがあります。

 それぞれの人生は写真のように一瞬を凝縮してそのままの姿で残るはずは無く、日々を積み重ねていくものです。デジタルカメラがあるのだから、写真さえも劣化しない時代になりましが、「あの頃は私たちも若かった」と、昨日撮った写真をまた20年後に妻と二人で見れるまで健康でいたいと思いました。

 ちなみに、昨日撮ったデジタル写真は人間牧場へ昼飯を食べに来た4人の仲間と撮影したものです。

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shin-1さんの日記

○合併記念式典に思う

 新しい市の広報区長(旧町の区長)をしているので、先日新しい市の合併記念式典の案内をいただきました。あいにく父親の88歳米寿の祝いを計画していたものですから、欠席のおはがきを出しました。集会を計画する側からすれば、私のような欠席者は合併記念式典のような公的で重要な集会を欠席するとは何事かと、お叱りを受けそうですが早いうちから計画していたことであり、済まない気持ちでいっぱいでした。

 先日その集会に行かれた人から当日の様子をお聞きしましたが、3つの意見を述べておられました。一つ目は普通こうした式典は飲み会がつき物ですがなかったそうです。お金が無いという理由は分かるが、せめて会費制にでもして、会食交流できたらよかったと酒飲みの言い分を言っていました。酒がないと会ではないというこれまでの考えは改めた方がよいのではという私の意見も述べました。

 二つ目の意見は祝辞がやたらと多かったし、県知事も出席していないとぼやいていました。合併は県も強力に推進したのだから、日程調整して県知事さんにも出席して欲しかったとの事でした。知事さんも何かと忙しい人だから、何か重要な公務があったのでしょうと、知事さんの気さくな人柄を知っているだけに、余り勘ぐらずない方がよいと私の意見を言いました。

 三つ目の意見は新しい市になって、新しい市が何を目的にどう進もうとしているのか見えてこなかったというのです。愛媛県内では20の市町に再編され、村は残念ながらなくなりました。その20市町がこのところ合併記念式典という行事をしていることは、新聞紙上でよく見かけます。しかし中身は一律で新鮮味が無く、もう少し新しいまちの主張があるべきだというのです。この件に関しては私も同感です。合併記念というのであれば、出席した人たちに式辞や祝辞で合併の意義は伝わるでしょうが、一般市民には中々伝わってきません。ある人が地域事務所を訪ねて「今日は合併記念式典があるそうですね」と話したら、「えっ、そうなんですか」とまったく知らなかったようでした。

 合併後の新しいまちがどうなるのか、私たちも心配です。新しいまちを私たちはふるさととして語らなければなりません。その意味からも、あったことを広報で市民に伝えるだけでなく、あるべきことを市民に伝えたり、ともに考えるようなまちづくりを望みたいものです。

 新しい市に私は人間牧場を開きます。そして新しい市に多くの人を呼び寄せたいと思っています。私に出来ることをコツコツと・・・・・・。

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shin-1さんの日記

○私がお酒のラベルになった

 私は5年前に胆嚢の摘出手術をして以来、体に悪いという理由でお酒を断っています。「酒は飲まない」と心に誓っているものですから多分これからも一生、余程の事がない限り酒は飲まないでしょう。落語ではありませんが、先日仲間がそのことを尋ねたお返しに、「みんな禁酒や禁煙と言っているが、酒やタバコが止めれないというのはおかしい。わしはもう10回以上も止めた」というのです。笑い話にもならない彼は、数年前に胃を手術して殆ど取りました。最初は恐る恐るでしたが飲むほどに酔うほどに気持ちが大きくなって、手術後病院へ見舞いに行った時の神妙な顔つきや言動とは裏腹、「酒やタバコを止めるくらいなら死んだほうがましじゃあ」などと嘯いて、手術前の酒量が回復したと喜んで飲んでいます。

 私だって昔は飲んでいた訳ですから酒に未練がないというのは決してありません。彼からそのように詰られ勧められても飲まないのが私の決意でしょう。「あんたは偉い」と最後に握手しましたが、「長生きしたかったらもう少し酒は慎むように」諭しましたが焼け石に水でした。「あんた一人の体じゃあない」と家族のことを言うと、「分かった分かった」でまた幕でした。

 先日私の写真が一升瓶のラベルに張られた酒が島根県から送られてきました。青年会議所の主催するまちづくりシンポジウムの記念講演に招かれたときに約束していたものが、大きな当日のポスターとともに送られてきたのです。

 酒を飲まない私にとって酒は無用の長物、早速親父にプレゼントしましたが、親父はこの珍しい酒瓶を中身は飲んで、記念にと大切に保管してくれています。

 それにしても自分の姿がラベルになった姿はどう考えても面映いものです。例の木になるカバンを提げている姿は、絵になるといえばそうかも知れませんが、この酒を10本も作って関係者に配ったアイディアは素晴らしいと思いましたが、後9本飲まれた後の空瓶は、冷たい雨にさらされ何処かの路地で転がっているかもと思うと、これも苦笑いの種になりそうです。

 でも、律儀な青年会議所の皆さんの発想の豊かさと行動力に敬意を表します。生まれて始めて私の意匠が一升瓶のラベルとなったのですから・・・・・・。

 実は私の長年の夢である「アサヒビールがあって、何故夕日ビールが」ないのか」の質問と、「夕日ビールを造りたい」という私の夢を実現させてやろうと、本当に夕日ビールのラベルを作ってくれた人がいます。舩木上次さんという山梨県清里に住む観光カリスマの凄い人です。最近はすっかりお友達になって来年も愛媛県に呼ぶ予定です。また私のラベルを作ってワインをプレゼントしてくれた人もいます。こうした遊び心が人生を豊かにしてくれるのです。いい人いい出会いにウーロン茶で乾杯。

 「酒飲めぬ私にさけを送る人わざわざ私の写真ラベルに」

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