人間牧場

〇西平一生さんの訃報

 昨日の朝、いつものように朝の散歩から帰宅し、ダイニングで新聞を広げながら朝食を摂っていると、9面の訃報欄隅に、「宇和島市高光・西平一生・73歳」という小さな文字を見つけました。「若しやあの西平一生さんでは?」と、信じられない気持ちで驚きながら、何度も何度も読み返しました。

 宇和島に住む西平一生さんは、青年団活動で知り合った親友で、私の直前の愛媛県青年団連合会の会長でした。西平さんが会長の時私は副会長を務め、その後西平さんから愛媛県青年団連合会の会長を引き継ぎ、愛媛県青年団邸連絡協議会長、四国市県青年団連絡協議会会長の要職に26歳で就任しましたが、西平さんの思い出は今も心の中で生きているのです。

一昨年宇和島市津島町安らぎの里という温泉施設で講演した折、会議が終わって入浴中に偶然出会い、お互いが裸のまま昔を懐かしみながら再会を喜び合いました。聞けば「悪性リンパ腫」というガンが見つかり、加療療養の末元気を回復しつつあり、久し振りに温泉へ来たようでした。造園業を営んでいた頃の日焼けした精かんな姿は影を潜め、蓄えた顎髭も白髪で、思い出の容姿とは幾分違ったイメージでしたが、1時間ばかりお互いが我を忘れて、青春時代の思い出を大いに語りました。

 西平さんの思い出はいっぱいありますが、一番は国立大洲青年の家の誘致運動です。室戸に殆ど決まっていた誘致場所を猛追して、大洲北只現地へ当時の坂田文部大臣を招いてひっくり返しました。新春早々当時の白石春樹愛媛県知事から「誘致決定おめでとう」と祝電を私宛に貰ったことは、今も忘れられない感激でした。また西平さんは造園業で門松を製作販売していましたが、自分の作った門松を南極昭和基地に贈ったのも有名な逸話です。

 わが家へも松山での会合の行き帰りに立寄っては泊まり、酒を呑みながら他愛のない夢を大いに語りました。今日の10時から葬儀がありますが、あいにく所用が重なり参列できないため、昨晩午後6時からの宇和島での通夜式に参列させてもらいました。まるで眠っているような穏やかな顔つきでした。奥さんや息子さん、それに顔見知りのかつての仲間にも出会い、お悔やみの言葉をかけ合いました。また一人、私の親友が帰らぬ黄泉の国へ旅立ちました。同年齢だっただけにことさら悲しい一日でした。

「新聞の 訃報欄見て 驚いた かつて肝胆 相照らす友」

 「二年前 温泉出会い 裸にて 昔話に 花を咲かせた」

 「思い出は 数限りなく あり過ぎて 昨日一日 心沈んで」

 「また一人 同年代の 親友が 黄泉の国へと 帰らぬ旅に」

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