人間牧場

〇魚島目指して(その2)

 今治港を9時20分に出港した高速船は途中宮窪木浦港に立寄り、合流した吉海町の矢野さんを乗せ、伯方島、岩城島を経由して、1時間ばかりで弓削港に着き、松本さんや地元生名島の浜田さん、それに教育委員会の中西さんと合流し、魚島行きの船に乗り継ぎました。弓削島と佐島の間には弓削大橋が、佐島と生名島の間には生名橋が架けられていて、3年後に開通する予定の岩城橋も着工していいますが、一番狭い海峡の生名島と因島の間は、県境ゆえでしょうか、何故か橋の架かる気配はないようです。

伯方島のコンクリート擁壁の上に建つ中世城郭風展望台
宮窪宮裏から合流した矢野さん
途中寄港した高井神島
民家に画かれた絵
こんな絵もありました

 海は穏やかで、途中噂に聞いていた民家の外壁に沢山の絵が画かれた高井神島を船の窓越しに見ましたが、離島とは思えないロマンチックな感じがしました。今回の魚島での公友会開催の思い付きは、私の前任会長である佐伯さんが高齢となり、元気な内に魚島でやりたいという願いからでした。1時間弱で魚島港に到着しましたが、佐伯さんは暑いのに桟橋まで出迎えに来てくれていました。桟橋で30年も会っていない大西さんという漁師さんに偶然出会い、お互いビックリ仰天で握手を交わしました。

平成の合併前愛媛県には70市町村がありましたが、私は70市町村すべてを訪れているものの、小さくて遠い島ゆえ、今回のな仲間も魚島を訪ねたことのある人はまばらで、港付近に建つ5階建ての建物や町営住宅などモダンな建物にみんな驚いていました。かつては下水道普及率100パーセントの島、ケーブルテレビ普及の島、交通事故ゼロの島、むらの4役はみんな通信教育で大学卒業と、名だたる知名度を誇っていましたが、今は人口も150人ほどになり、将来への不安をのぞかせていました。

「今治を でた高速船は 津々浦に 寄港しながら 弓削島目指す」

 「弓削島は 二つの橋で 結ばれて 三年後には 新しい橋も」

 「大声で 呼べば聞こえる 水道も 県境またぐ ゆえに橋なし」

 「立ち寄った 高い上島 あちこちの 民家外壁 お洒落な絵画」

[ この記事をシェアする ]

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください