人間牧場

投稿者: | 2018年7月7日

〇送られてきた二神島豊田造船所資料集

 昨日の昼頃、一通のレターパックが届きました。送り主は親友の豊田渉さんからで、封を切り中から出てきたのは神奈川大学日本常民研究所発行の、「二神島豊田造船所資料集」という150ページに及ぶかなり分厚いA版の報告書でした。豊田さんは旧温泉群中島町役場の職員でしたが、平成の大合併で中島町が松山市に合併して市役所職員となって定年退職した後も、再雇用でBGなどを経て現在は松山市役所中島支所で離島関係の仕事をしています。

豊田さんが送ってくれた本

豊田さんは私たちの町の沖合に浮かぶ二神島の出身で、神奈川大学の日本常民文化研究所は、二神島の旧庄屋二神家の文書を譲渡され、30年にわたって島の歴史や民俗などの追跡調査を行っていますが、その一環として豊田さん自身の実家が営んでいた豊田造船所について、調査や執筆をしたようで海の資料に興味のある私は、早速ページをめくりながら貴重な資料を読ませていただきました。瀬戸内海から姿を消した船のに関する資料の数々に、驚きを禁じ得ませんでした。

早速勤務中の豊田さんにお礼の電話を入れ、それらの資料や造船時に使った、今も残る道具類の保存について意見を交わしました。豊田さんは愛郷心の強い人間で、これまでにも若い頃から「よもぎ」という新聞を発行したり、離島青年協議会のメンバーとして活躍してきました。また私たちと一緒に由利島で「無人島に挑む少年のつどい」や「丸木舟建造航海」にも深く関わってくれましたが、今は島を離れ松山市久米窪田に移り住んで、再雇用で毎日中島本島へ高速船で通っています。

 1921年に渋沢栄一により創設されたアチックミュージアムは、周防大島出身の民俗学者宮本常一の手によって大きな成果を収めました。戦時中日本常民研究所に改称され、その後1982年には神奈川大学に招致され現在に至っていますが、高度成長により散逸したり散逸しようとしている様々な生活文化に光を当て、調査研究をしてこのようにデーター保存することはとても意義深いことなのです。いつの日か私も親父の残した資料を調査研究して残しておきたい衝動に駆られました。

「親友が 送ってくれた 一冊の 報告書見て 感動一気に」

 「瀬戸内の 海岸沿いは 一変し 昔の姿 忘れ去られて」

 「わが家にも 昔の歴史 あれやこれ そのうち記録 残さなければ」

 

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