人間牧場

投稿者: | 2018年3月25日

〇すっかり有名になった下灘駅も元を正せば・・・

 もう33年も前の出来事なのですっかり古くなって、私の体内記憶装置では正確な年月さえも忘れてしまいそうですが、記憶を辿れば昭和61年6月30日、その前年に無人駅になった下灘駅のプラットホームを使って、夕焼けコンサートを開きました。相談しても殆どの人が反対する中で、何人かの若者の協力を得て実施したコンサートは予想以上の観衆を集め、NHK西日本の旅という僅か15分ほどの番組で全国に紹介されました。

長閑な下灘駅の風景

 以来夕日をテーマにしたまちづくりによって双海町は一躍有名になりましたが、かつて日本で一番海に近い駅と形容された下灘駅は、青春18きっぷのキャンペーンポスターに取り上げられた幸運があったり、一年に一度開くコンサートも心ある人たちに33回も受け継がれ、すっかり有名な駅になりました。最近ではデジタル情報が拍車をかけ、加熱過ぎるほどの露出度ですっかり愛媛を代表する観光地となったことは嬉しいことですが、手放しでは喜べない問題も起こっています。

 さて、昨日は遠来の友人とともに、人間牧場での花見を楽しんだ後、下灘駅へ立ち寄りました。駅前に卵型の牽引車を利用して開業した下灘コーヒーもすっかり定着して、顔見知りの広田さんが店番をしていて、雑談を交わした後、手持ちのタブレットでプラットホームの待合い屋根舎を写真に撮りました。観光列車伊予灘ものがたりでも、観光パンフレットでもすっかりお馴染みとなっている屋根舎は、「何もない」と表現するにふさわしい風景で、海と空が同化した下灘ブルーに映えていました。

 夕暮れ時ともなると人混みで撮れなくなる写真でしょうが、ベンチに座って昼寝を楽しむ観光客の睡魔を邪魔いないよう、その風景もまた絵になる光景だと思って撮りました。長閑な田舎の春の風情でした。1kmほど先の閏住の菜の花も今が満開です。ふと33年前の42歳だった若き頃の、例え反対や失敗があっても負けまいと、猪突猛進していた自分の姿を思い出しました。自宅に帰り、分厚い縮刷版広報ふたみの昭和61年8月号をめくりながら、記録から記憶を蘇らせました。

 「体内の 記憶装置が 古くなり 思い出すのに 時間がかかる」

 「若かった 42歳の あの頃は やる気満々 何でもやった」

 「無人駅 やがて廃線 予想して 何としてでも 残す一心」

 「下灘の 駅は最近 超がつく 有名なりて 少々困惑」 

[ この記事をシェアする ]

人間牧場」への1件のフィードバック

  1. 藤崎貞親

    夕焼けコンサートが行われたから双海は有名になったのですよ。また、そのように行なった人物が居るから有名になったのですよ。出来るようで中々出来る物ではありませんよ。素晴らしい事です。もし、誰も行なう人が居なかったら駅も人も寄らないただの無人駅ですね( ノД`)シクシク…私も別の事を活性化しようとしてますが、中々良い知恵が出てきませんね。

コメントは停止中です。