人間牧場

〇いただいた小さなカードからの学び

 このところ毎週日曜日、きちんとした身なりの紳士淑女が3~4人、連れだって街中を歩いている姿を見かけます。最初は「はて、見知らぬ人だが何をする人たちだろう?」と首を傾げていましたが、その人たちがわが家のチャイムを鳴らし、「お話を聞いて下さい」と言われて納得しました。私はキリスト教信者でもないし、わが町にはキリスト教教会もないので、「エホバ」と言われてもまったくその実態は知らないのですが、訪問した人たちは「エホバの証人」と名乗って薄っぺらい雑誌を私に手渡し、「少し話を聞いて下さい」と言われました。いささか教育に関心のある私は、立ち話のような形でじっと聞いていましたが、言うことにも一利あって少し納得しました。その人たちは私が興味を示したと勘違いしたのか、「又来ます」と言って帰えられました。

 いただいたクリスマスカードのような小さなカードには、次のような言葉が書かれていました。
 人生が短いように思えるのはなぜですか。150年生きるカメもいれば、樹齢3000年という木もあります。それに比べると、人間の寿命は非常に短いと思います。それでも人間の命は、カメや樹木の命よりはるかに有意義なものとなり得ます。神は人間を音楽やスポーツ、食事、学習、旅行、人と会うことなどを楽しむ能力のある者として創造し、人間の心に、いつまでも生きていたいという欲求を置かれました。
 「神はすべてのものをその時にかなって美しく造られた。定めのない時をさえ彼らの心に置き、まことの神の行なわれた業を、人間が始めから終わりまで決して見いだすことができないようにされた。」
                                                                                                                           伝道の書3:11

 私は凡人なので最後の神についての話の真実は分かりませんが、カードに書いている「人生とは」、「動植物の寿命と人間の寿命の違いとは」、人間の生きる意味とは」などについては、まったく同感だと納得し、特定の宗教は関わっていませんが、私の心の中には「宗教心」のようなものがあることを、ほんの少しだけ感じました。
 わが人間牧場の水平線の家に、高知県馬路村産魚梁瀬杉の切り株が置かれています。千本山で150年も年輪を刻んで生き続けてきた切り株を見る度に、人間の寿命は長生きしても、たかだか100年なのにと思い、短いが故にしっかり生きねばと決意を新たにするのです。
 たった一枚のカードにも生きるヒントはあるし、偶然出会った人や、いつも一緒に暮らしている家族にだって、悩める老い羊は色々な気付きをさせられて日々を生きているのです。私はこれからも「楽しむ能力」を更に研きたいと思っています。

  「三~四人 連れだちわが家 訪問す 立ち話にて カード渡され」

  「人間は たかだか百年 しか生きぬ 短い故に 生き方問われ」

  「百分の 六十八を 生きてきた 残った余命 三十二年」

  「人生を 楽しむ能力 磨きつつ 残った寿命 楽しく生きる」 

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