shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年8月18日

○台風10号襲来の中を・本村地区(20-11)

 妻「お父さん今何処ですか」。私「今大洲を走っとる」。妻「西土佐の和田課長さんから電話があって台風が近づいているので、今晩の会をどうしようか思案中なので連絡くださいとのことです。電話番号は・・・・」。私「ちょっと待って、今は運転中なので車を止めるから・・・」。妻「電話番号は○○○○です」。私「了解しました」。

 私「和田さん電話もらったそうですが」。和田課長「ええ、奥さんにも話したのですが日帰りのこともあるし、今日の会はどうしようかと思案しています。あと1時間後で判断しましので・・・・・」。私「青年の家の件で会う人があり早めに出てきました。ここまで来ているのでやる方向で検討してください」。和田課長「分りました』。

 私「四万十市西土佐地域事務所でしょうか。中脇係長さんはいますか」。中脇「はい中脇です」。私「その後雨や風の具合はどうですか」。中脇「はい今のところは小康状態です」。私「じゃあやりましょう。これからゆっくりそちらへ向かいます」。中脇「お気をつけてお越しください」。

 てなような緊迫した電話のやり取りをしながら、ふと10数年前の台風の時の悪夢が甦ってきました。その日私への電話の相手は後の瀬戸町教育長となった浜松為俊さんからでした。瀬戸町塩成での研修会に招かれ行く予定でした。そこへ電話が入ってきて、浜松「台風が接近中でどうしようか思案しています」。私「台風くらいが何ですか。天に向かってブツブツ言うな、雨の日には雨の日の仕事がある」。浜松「よっしゃあ、じゃあやりましょう。直ぐに出発してください。お気をつけて」。昨日とそっくりの電話でのやり取りでした。ところがいざ出発してみると台風が近づくというよりは、台風直撃のため、佐田岬半島の国道197号線に出るとあちこちでは街路樹が倒れ、車が数台まるで亀の甲を逆さまにしたような状態で、この世のものとは思えぬ惨状に思わず後ずさりするほどでした。それでも風に横揺れされながら頂上線を走り、やっとのことで道の駅までたどり着いたのですが、そこから先へは進めず、結局はトンネル内でUターンして三机まで下り、瀬戸町商工会の奥山さんの家を訪ねましたが、電線や屋根瓦が路上に散乱しとても走れる状態ではありませんでした。奥山さんの家も停電で、ローソクを点けてもらいそれから奥山さんと台風の過ぎるのを待ちながら長い長い夜を二人でビールを飲みながら四方山話に花を咲かせました。

 明くる日は台風一過の晴天で、台風の傷跡が痛々しい国道197号を無事帰りました。この話を聞いた妻はあれ以来私の車での遠出には特にうるさくなって、事あるごとに止めるよう促すのですが、私の素行は一向に改められず今日に至っています。

 さて昨夜の集会は、台風襲来や折からの雨、それに私の都合で18日から17日に急遽変えてもらった様々な悪条件が重なり、多分区長さん以外は集まらないかも知れないと思って出かけたのですが、主催者を合わせると20名ほどの賑やかな会となりました。わが双海町にも本村という熱心な地域があるので、そのことも紹介しながら楽しいいおしゃべりに終始しましたが、質問が出たり、帰り際の雑談が多いに盛り上がって20分も超過してしまいました。区長さんの配慮でお茶までサービスしてもらったこと、チョークの真新しいのをご用意いただき、学校から貰ったというワイド画面の黒板に書き込んで説明したことなど、外の雨音を感じさせないものとなりました。雨が降って周辺の散策ができなかったのは残念でしたが、それでも雨降りしきる中を無事帰宅、帰って原研へ入った瞬間、タイミングよく中脇係長さんから帰宅確認のお電話までいただきました。感謝感謝です。

  「台風が 来るから集会 どうするか 電話やり取り 一押し決行」

  「あなどって 大事しよった 過去がある それでも俺は 前向き進む」

  「雨なのに 俺の話を 聞きに来る 腕をまくりて 声高熱弁」

  「西土佐の 雨に比べりゃ うちの雨 まるで霧雨 雨とはいえず」

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